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性別転館の殺人  作者: 天草一樹
日常パート:性別転館の優雅な日々
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局所的なあれ以外何も変わらないじゃないか

「そろそろ夕飯を食べに行きませんか?」


 気づけば時刻は十九時になっていた。

 お昼を軽くしか食べていなかった私は、急に空腹感を覚え、談話室に集まっているメンバー三人にそう提案した。


「そうですね。お話が楽しくてすっかり時間を忘れていましたが、そろそろ夕飯時ですね」


 真っ先に賛同の声を上げてくれたのは、優美の君たる鬼灯梓さん。


「うん。僕――あ、私もお腹ペコペコだよ」


 続いて同意してくれたのは小田巻慎吾おだまきしんごさん。見た目は四十代くらいのちょっと小太りなおばさんで、勝手なイメージだが給食室の白衣なんかがすごく似合いそうな感じがある。化粧っけはなく肌が荒れているが、まあそれも仕方のない話。今の姿は性転換後の姿で、性転換前はおしゃれをしたこと皆無の冴えないおじさんだったらしい。「人生一発逆転にかけてみたけど、この世は無常だね」というのが小田巻さんが談話室に入ってきた時の第一声。あまりにも切実だったため、自分の結果も忘れ「お気の毒に」と励まさずにはいられなかった。


「じゃあ皆で行きますか。ロボットが作ってくれるみたいですし、どんな料理が食べられるか楽しみです!」


 最後に声を上げたのは、馬酔木乃香ますいこのかさん。可愛らしい口調に反し、見た目は熊のように大きく声もかなり野太い。性転換により今の筋骨隆々な姿になったが、梓さんとは違い男性になったときの練習などしていなかったため、女性時の名残が強く残ってしまっている――が、それを正していくのもこの館の目的であろう。

 というか、私みたいに意識しなくても何も違和感がないことの方がイレギュラー過ぎるのだが。

 自分の胸に手を当て、やや膨らみと柔らかさを失ったその感触に、何とも言えない気持ちを覚えた。


「水仙さんどうしました?」

「あ、何でもないです。行きましょうか」


 私の様子を見て、心配そうに梓さんが声をかけてくれる。

 これ以上私に気を使わせるのはあまりに申し訳ないと思い、すぐに気持ちを切り替えた。

 階段を下り、二階から一階へ。

 そして何気に私自身は初となる食堂へと足を踏み入れた。

 食堂は広々とした作りで、円形のテーブルが八卓と、各テーブルに椅子が四脚配置されている以外、ほとんど物が置かれていなかった。

 本当に食事をすることだけを目的としたシンプルな作り。そして食堂の右手は注文カウンター兼厨房となっており、巨大な腕だけの銀色のロボットが視認された。


「あれがシェフロボットか……。これまた未来的ではあるけど、まともな料理が作れるのかな?」

「心配はいらないとも。彼の腕は一流のシェフと遜色がないレベルさ。この僕が保証しよう」

「え、あ、そうですか」


 独り言のつもりが予想外の方向から声が返ってきた。声の主は食堂に唯一いた一人の男性。年は二十後半だろうか。既に食事を終えた後なのかテーブルの上に料理は並んでおらず、真っ白なコーヒーカップを右手で持っているのみ。またその持ち方がどうにも気障っぽいというかカッコつけてるというか……いやいや、初対面の相手に失礼なことを。だけど、


「……」


 グレーチェックのYシャツを第二ボタンまで開け、無意味に足を高く組んでいる。前髪は目にかかるほど長く、時折指で横にさっと流している――邪魔なら切ればいいのに。

 と、不躾に長く見過ぎたためか、気障男は椅子から立ち上がると、こちらにわざわざ歩いてきた。

 無意識に身構えてしまうも、気障男はそのことにまるで気付かない様子で、堂々と名刺を取り出した。


「光あるところに影はあり。影に潜むは犯罪者。その犯罪者を刈り取る夕闇ことミスター・ヒエンだ。どうぞ宜しく」

「うわあ……」


 この年で――まあ何歳かは知らないが――中学生でも言わなそうなガチ厨二病発言。それも初対面の相手に対する名乗り口上。間違いなくヤバい奴。

 私は名刺を受け取らず、じりじりと後ろに下がる。私だけでなく小田巻さんと馬酔さんも明らかにドン引いた顔をしており――


「これはご丁寧にどうも。私は鬼灯梓と申します。まだ性転換前のものですが、良ければ」


 梓さんが自然な笑顔で名刺交換に応じる。

 ヒエンは名刺を受け取ると、「おお、これは実に麗しい。僕個人の意見としては、性転換前の姿の方が好きだね」相好を崩し、名刺に載る写真を見つめた。

 まだ名刺をもらっていない私も、一体どんな顔が映っているか気になり、前のめりになる。しかし覗き込む前に、ヒエンは名刺を懐にしまい込んだ。


「私も元の姿は嫌いではないのですけどね。父親からの命令でして」

「それは何ともセンスのないお父様だ。良ければ僕の方から交渉しよう。これほどの女性が世界から失われるのは人類の損失だからね」

「有難うございます。ですが、これは私自身も理解し決めたことですので。と、申し訳ありません。ひとまず食事をとらせていただいても構いませんか」

「勿論構わないとも。まだまだ話し合う機会はあるからね」

「有難うございます。では、皆さん行きましょうか」

「あ、はい」


 スタスタとシェフロボットの元に歩き出す梓さんに遅れまいと、私たち三人はヒエンに頭を下げつつ後を追う。

 彼の隣に並んだ私は、「凄いですね」と小声で言った。


「全く物怖じないというか、よく普通に対応できましたね」

「あれくらいの人には慣れてますから」

「……尊敬します」


 年齢はそこまで大きく変わらないはずなのに、この差は何だろうか。人生経験の差? 少しばかり自己嫌悪に陥りそうだ。


『ご注文は何にいたしますか?』


 そんなことを考えているうちに注文カウンターに到着。

 注文カウンターには拳大の白い球形ロボットが置かれており、どうやらこれが接客を担当しているようだ。いくつかの小さな穴から音声が流れてくる。どうでもいいが、音声が流れている最中はてっぺんが青色に発光していた。


「えーと、何が食べられるのかな? 僕――あ、私は色々食べ物アレルギーがあって、食べられない料理も多いのだけど」


 小田巻さんが――ロボット相手にも関わらず――遠慮がちに質問する。


『ご安心ください。後ろに控えるシェフロボットに作れないものはありません。アレルギー対応レシピも完備していますので、お好きな物をご注文してください』


 音声に抑揚はなく、淡々と質問に答える。性転換室にいた案内ロボと同じく、感情を感じさせない無機質さ。やはりというか、この館においてもアンは例外中の例外だったようだ。

 それはともかく、さて何を食べるか。

 見た目的には全く変化がないとはいえ、男になったのは間違いない。おそらく胃のキャパも増えているはずだと信じ、分厚いステーキとご飯の大盛り、それからわかめの味噌汁と生野菜のサラダを注文した。

 小田巻さんたち三人も問題なく注文を終え、一旦席に着く。宿泊客はおそらく八人しかいないのに、どれだけの食材が保管されているのかは少し気になるが、個人的には梓さんの注文した料理が一番気になった。


「梓さん、TKGなんて食べるんですね。しかもゲットワイルドなんて。ちょっと意外です」

「昔一度食べてからはまってしまいまして。どの食べ方も嫌いではありませんが、やはりありのままを堪能できるゲットワイルドが一番好きです。水仙さんはどの食べ方が好みですか?」

「私は白身が苦手なのでオンリーユーですね。まあドロッとしてさえいなければいいので、タイフーンも好きなんですけど、あれはちょっと面倒なので」

「えと、お二人とも何のお話をしてるんですか?」

「「卵かけご飯です」」


 注文した料理によって多少の差はあったものの、大体十分前後で全ての料理が提供された。味のほどはヒエンが言っていた通り中々美味で、そこらのレストランよりもずっと美味しかった。

 ただ残念なことに、私の胃のキャパは女だったころとほとんど変わっていなかったようで、ステーキは完食できなかった。くそう。これじゃあ本当に、局所的なあれ以外何も違わないじゃないか。


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