とある片田舎にて
「おーい、コーちゃんここにお野菜置いていくぞー」
「はーい、三友のおじいちゃん有難うございます!」
* * *
「コーおばさんさよなら! また遊びに来るから!」
「コーおばさんじゃなくてコーお姉さんって呼べって言ってんだろクソガキ! いつでも遊びに来いや!」
* * *
「コノカさん、この間の件考えてくれたかな。僕としてはそろそろ」
「ごめんなさい。もう少し今の生活を続けていたいの。我儘なのは分かってるけど、まだしばらく時間をもらえないかな」
* * *
「あらマーちゃん。まだお仕事してるの。本当に、最近は凄く元気で明るくなったわねえ。昔はもっと腰が曲がって暗い感じだったのに」
「やっぱりこの間の体験が効いたんだと思います! あ、そっちも私がやりましょうか?」
「本当? なら宜しくお願いするわね」
「任せてください!」
* * *
「ふう。今日はこれで終わりかな」
店の後片付け、明日の準備も一通り終わり、私は汗を拭いながらほっと息を吐く。
もう店長は帰宅してしまったので、正直後は自己満足の領域。
田舎の飲食店なこともあり、時刻はまだ八時だが既にどの店も明かりは消えている。
こっちに来てから既に半年以上経過しているが、こうした都会との違いに対し、いまだにしみじみと感じ入ってしまう。
「と、感傷に浸ってないで私も帰らないと」
そう独り言ち、電気を消しに行く。
しかし電気を消す直前、コンコン、と扉を叩く音が聞こえた。
こんな時間にいったい誰が?
警戒心を強めながら扉を見ると、そこには腰の曲がった見知らぬ老婆が立っていた。
銀色に近い白髪に、皺はあれど非常に整った顔立ち。着ているものもここらで売っている安物ではなく、気品を感じさせる上質なもの。手には小さなハンドバックを持っており、それもまた高級品であることが一目でわかる洗練された品だった。総じて、まるで皇族のお偉い様が迷い込んできたようであった。
相手が老婆であったことから、私の警戒心もいくらか下がる。むしろ相手の出で立ちから、丁重に接すべきと感じ、慌てて出迎えに向かった。
念のため、扉を開ける直前に外を見回してみたが、やはりその老婆しかおらず。
ゆっくりと扉を開け、私は笑顔で声をかけた。
「あの、何か御用でしょうか? 大変申し訳ないのですが本日の営業は終了してしまったのですが」
気品ある老婆は優し気な笑みを浮かべ、ふわりと首を横に振った。
「今日はね、あなたにお会いしに来たの」
「私にですか?」
治まりかけていた警戒心が僅かに強くなる。だがそれでも、相手は見るからにひ弱な老婆。いざとなればどうとでもできるという思考が、私の心を安定させた。
そんな私の内心に気付かぬ様子で、老婆は「ああそうだ」と、とぼけた声を発した。
「そう言えば、まだ確認していなかったわねえ。あなたが、半年前に性別転館に行った方で間違いなかったかしら?」
「ああ、そういうことですか」
彼女がここに来た理由に思い至り、今度こそほっと息を吐き警戒心を緩める。
性別転館に行ったことを私は隠していない。それどころか、そのことを周りに喧伝すらしている。だからあまり交流のなかった相手から、性別転館がどんな場所だったか、性転換する際の感覚について唐突に尋ねられることがある。
これまで村の外からわざわざ聞きに来た人はいなかったが、彼女がその第一号ということになるのだろう。
私はにこやかに、「はい、私が性別転館に行った人で間違いないですよ」と頷いた。
老婆は嬉しそうにほほ笑むと、「良かった」と呟く。
「それで、お名前の方は確か――」
「はい。馬酔木乃香と申します」




