TP機構メンバーの指摘
「まず、俺が大前提として考えたのは、二人を殺した犯人がTP機構のメンバーであるということだ」
「まあ……流石にそれはそうだよね。TP機構のメンバーでもなければこの館で人を殺す必要なんてないし、それにTP機構のマークを使うのもリスクが高すぎるから」
自分自身を納得させるかのように、小田巻さんが独り言ちる。
一柳はその言葉にしっかり頷くと、「否定はないな」と皆を見回した。
梓さんなんかは少し考える素振りをしていたものの、特に反論の言葉は上がらず。
推理は次のステップに移行した。
「TP機構が犯人である。事件の状況から見てそのことを確信した俺は、一方で二つの大きすぎる矛盾を感じていた。
一つは、TP機構にしては行動が地味すぎることだ」
「地味、でしょうか?」
「ああ、地味だ。首切りは一見センセーショナルにも思えるが、今更TP機構が一人二人殺したからと言って、奴らにどれだけの意義がある。TP機構がまた性転換者を殺した、それだけのことで、奴らの性転換装置撲滅には全くと言っていい程繋がらない」
言われてみればそれはそう。
TP機構に関しては、とにかくヤバい人殺し集団というイメージが先行してしまうが、彼らには性転換装置をこの世からなくすという共通の使命がある。私たちからすれば理不尽な殺人でも、彼らからしたら意味があるはずだ。
そう言った観点から見た時、今回の殺人はどうか。性別転館で殺人事件を起こすというだけである程度の意味はあると思うが、皆殺しならともかく二人を殺すだけ。もしかしたらこれから全員殺す気でいるのかもしれないが、現状だけを見れば地味、というかしょぼく感じられる。
「そこで少し発想を転換した。TP機構の目的は、殺人ではないんじゃないかとな」
「目的が殺人じゃないって、何言ってんの。そんなことあるわけないっしょ」
ようやく冷静さを取り戻したヒエンが、一柳の考えを鼻で笑う。
しかし無情にも、一柳は彼女の発言を無視して話を続けた。
「アンの防衛アンドロイドとしての姿や、地下の死体集積所を見るにここをTP機構が襲撃している可能性は高い。そしてそれは同時に、TP機構の襲撃が今に至るまで全て失敗していることを意味している。そんな状況下で奴らが欲しているものは何か。そんなもの一つしかない。この館とアンに関する詳細な情報だ」
一柳は館全体を見回すかのようにぐるりと体を回転させると、最終的にアンを見つめる形で動きを止めた。
「敵としてではなく、一般客として館に滞在した場合のアンの対応。そして館の中に仕掛けられているかもしれないトラップ、性転換装置の場所と防衛機構。
メモ帳や筆記具を使うだけでもある程度の情報は持ち帰れるが、当然写真や動画を撮った方が情報量も正確さも著しく高まる。しかしこの館には、撮影機器の持ち込みが禁止されており写真も動画も撮ることができない。ではどうするか」
一柳は一度言葉を切ると、目を閉じ、自身の頭を指さした。
「撮影機器は、アンにばれないよう、体内に仕込んでいけばいい。それも調べようがない、まさかそこに隠すはずがないという部位――頭の中に埋め込めば問題ないのではないか。奴らはそう考えた」
「え……それってまさか……」
一柳の言わんとすることを察し、私たちは一様に目を見開く。
彼は梓さんの方を見つめると、軽く頷きながら、「奇遇にも、毒田殺人事件に関する回答は一緒だったんだよ」と言った。
「毒田御神は自殺だった。あいつは仲間に撮影機器を渡すために、自殺をした。機器を取り出すための頭部の破壊に関して、アンを利用したのか別に爆弾でも使ったのかは分からないが、いずれにしても頭をばらすことで仲間に撮影機器を託した。それが毒田殺害事件の真相だ」
「な……」
驚きから、一柳の言葉をすぐには呑み込めない。けれど一つ言えるのは、TP機構ならそれくらいやりかねないという事実だ。
唖然とする私達を気にかけることなく、一柳の推理は進んでいく。
「そのため、毒田の事件ではTP機構の存在が強く主張されていなかった。あまり主張し過ぎれば、アンがどんな反応を起こすか予想がつかなかったからだろうな。しかし結果として、TP機構がいるという話になってもアンは動かず、当初の目的は問題なく達成することができた。そこで犯人――というよりも毒田から撮影機器を託された同志は、館の調査だけでなく、性転換したものの殺害まで行うことにした。それが第二の馬酔殺害事件だ。馬酔が狙われた理由としては、あいつが最も性転換による変化を手に入れた人物だったからだろうな。TP機構の理念から大きく逸脱した存在。奴らの心情として放置しておけなかったが故の、衝動的な犯行だったかもしれない。
また、馬酔の殺害方法に関しては、性転換装置の特性を利用したんだと考えている。ヒエンは不意をついて殺したと言っていたが、あのガタイの男を武器ありとはいえ肉弾戦で倒そうとするとは思えない。それよりもうまく恐怖を煽り性転換装置を使わせ、弱体化したところで無理やりもう一度性転換装置にかけたのだろう。二十四時間以内に二回使った場合のみに起きる重篤な健康被害に加え、男の姿に戻すことでどうやって殺したか分からなくするという狙いからな。今朝の予約表で、時間間隔なしに予約されていたことも一つの傍証として挙げられる」
続けざまに放たれる衝撃の推理。思考が置いてけぼりにならないよう、私は必死に今の話を整理する。
毒田さんはTP機構のメンバーだった。
この館にはTP機構のメンバーがもう一人存在しており、彼は仲間に通信機器を渡すために自殺した。
通信機器受け取り後もアンに動きがなかったため、新たに殺害を行うことを決意。
最も性転換装置の影響を受けていた馬酔さんを殺害した。
首切りという共通点から、二つの殺人は共通の目的であると考えられていたが、実際には全く別の目的のもと行われた事件だった――
頭の中で一柳の推理を整理し終えた私は、改めて、畏敬の念をもって彼を見つめた。
態度のでかさは見せかけじゃなかった。複数の謎に対して論理的に思考を行い、矛盾なく話をまとめ上げるという点において、彼の才能は神懸かっているようにすら感じられた。
「で、結局犯人――ていうかもう一人のTP機構は誰なわけ」
感動している私とは対極に、話が長かったせいか眠そうに目をこすっている宗助の質問。
これに関しては、この場の全員がずっと気になっていた。
結局のところ、犯人の目的や経緯が分かったところで意味はない。誰が犯人かを突き止め、これ以上殺人が起こらないようにすることが目的なのだから。
すると一柳は、なぜか私の方に顔を向けた。
「水仙。今朝の話を覚えているか」
「ええと、どの話のこと?」
「俺が身分証を見せて欲しいと言った際、お前は性転換をしていない人物が犯人だと考えるのは短絡的だと言った件だ。あれはなぜだ」
私は慌てて記憶を掘り起こし、言葉をひねり出す。
「いや、それはまあ、TP機構のメンバーだったら自殺覚悟で性転換くらいするかもしれないし、性転換してない人を犯人って考えるのは危険だと思ったから――」
「成る程。だが俺はその考えには反対の立場だ。TP機構は大抵のことは何でもやる。時には自分の命すらかけて。だが奴らにも絶対にやらないことがある。それは勿論、奴らの教義に反すること。つまり性転換装置を利用した性転換だ」
「まあ、そう言う考えもできるかもしれないけど……ここにいる人たちは全員性転換してるし」
私はそう言って食堂にいる皆の顔を確認していった。
私自身は当然として、梓さん、小田巻さん、ヒエンに一柳と皆の男の時、女の時の姿を見ているわけで。唯一宗助の男の姿は見てないけど、免許証でしっかりと確認したし――うん? あれって本物だと言えるのか?
自然と、私の視線は宗助へと向いていく。いや、私だけじゃない。この場にいる全員が同じ結論に辿り着いたようで、(アンを除く)この場の全ての視線が宗助に集中した。
そんな皆の気持ちを代弁するかのように、ヒエンが「くそう!」と叫んだ。
「こんな、こんな単純な結末だったってこと!? 性転換していない人物がTP機構のメンバーで犯人だったとか、いくら何でも――」
「違う」
「――単純すぎてむかつく! って、違う!??」
間に挟まれた一柳の言葉に、大げさなリアクションと共に振り返る。
この流れはもう宗助で決まりかと思っていた私も、慌てて一柳へと視線を戻した。
「違うって、じゃあ結局どいつが犯人なんすか! 他に性転換してない人なんていないっしょ!」
「いや、いる」
「いるっていったい誰を指して――」
「お前だよ」
すっと人差し指を、目の前で喚き散らす人物に向ける。
指をさされた人物も、そしてそれを周りで聞いていた私たちも、呆気にとられ、続けて放たれた一言を受け止めた。
「ミス・ヒエン。お前はいったい誰なんだ?」




