三つ巴推理合戦の始まり ~鬼灯梓の推理~
食堂には、殺された毒田さんと馬酔さんを除く全員が集まっていた。
元から食堂にいた私たち三人は、変わらず席に着いたまま。食堂へとやってきた探偵役の三人は、それぞれ少し距離を取って立っていた。
また、先ほどまでは廊下に出されていたアンも部屋の中に招き入れられている。一柳曰く、推理によって犯人が追い詰められ、暴れだした際の防御兵器として近くにいてもらいたいのだとか。全く、凄い自信である。
アンのことだから『全く、人間は驕りに満ちた生き物ですね。皆様の推理が外れ、嘆き悲しむ姿を見るのが今から楽しみです』、みたいなことを言うかと思っていたが、『承知しました』の一言だけで、実に大人しいものだった。理由は不明だが、また猫かぶりモードを始めたらしい。
まあ今はアンのことなんてどうでもいい。これから、ここ性別転館で起きた二つの非道な事件を起こした犯人が暴かれるのだから。
そして、その犯人として名前を挙げられるのは――
誰もが、緊張、怯え、興奮から息をのむ。
そんなひりつくような空気の中、先頭打者として名乗りを挙げたのは、梓さんだった。
「早速ですが、私から推理を披露しても良いでしょうか。あまり自信はないので、前座推理としてはちょうどよいと思いますから」
「いいよ! 梓っちの推理、めっちゃ聞きたいし!」
「俺も構わない。誰から推理しようと、結末は変わらないからな」
「有難うございます。それでは早速、始めていきたいと思います」
流石に緊張しているのか、梓さんは小さく深呼吸を行ってから、透き通る、優美な声を発した。
「昨日から今日にかけて起きた二つの殺人事件。これらの殺人には共通点として、被害者が首無しであること、TP機構のマークが残されていたこと、そして犯行は深夜の人目に付かない時間に起きたことが挙げられます。さて、皆さんもご存じのことと思いますが、この中で最も猟奇性を感じさせる、死体が首無しであったという共通点。こちらは犯人によるものではなく、被害者に呼び出しを受けていたアンさんが行ったことでした。念のため確認しますが、これに関して、今更嘘だとは言いませんよね」
『はい。彼ら二人の首を切り落とし、死体集積所に入れたのは私で間違いありません』
これが人間だったらまず間違いなくアウトな発言。いやまあ、アンドロイドでもアウトなはずなんだけど、問題はここが性別転館という無法地帯であることか。
アンの返答に対し梓さんは頷くと、話を続けた。
「ここで重要なのは、アンさんが首を切った理由――ではなく、アンさんが被害者によって呼び出されていることだと思いました。なぜ、被害者はアンさんを呼んでいたのか。それも深夜に」
梓さんは「どう思いますか?」と、なぜか私に向けて問いかけてくる。
まさかここで指名されるとは思わなかったため、私は「うえあ!」と謎の奇声を発した。
「ええと、被害者が深夜にアンを呼び出した理由。夜食を頼んだとか……いや、全然思い浮かばないです」
馬鹿みたいな理由しか思い浮かばず、仕方なしに首を振る。すると梓さんは呆れた様子を見せることもなく、「突然聞かれても困りますよね」と小さく頷いた。
「ですが、すぐに答えられないということが、この行動の重要性を高めていると言えます。と、あまり勿体ぶるのも申し訳ないですし、結論を話したいと思います。
私が推理によって導き出した今回の事件の真相。それは、二人が『自殺』をしたのだということです」
「「じ、自殺!?」」
私と小田巻さんが声をハモらせて驚く。
TP機構の件や、死体が首無しであったことから、他殺であるのは間違いないと思い込んでいた。しかし、死体から勝手に首を切り取るアンの存在を考えれば、自殺という可能性も完全に排除されたとはいえない。
まさかそう来たかと、そんな思いで梓さんを見つめる。因みに競争相手であるヒエンはめっちゃ笑顔で、一柳は無表情で受け入れていた。
「なぜ自殺だと考えたかと言えば、アンさんが首を切ったことを認めたにも関わらず、その理由を説明しなかったからです。アンさんはそもそも人を殺すことに対し抵抗感がないようですし、自分が殺したのならば、それを隠すことすらしないようにプログラムされているみたいでした。そんなアンさんが、人の首を切った程度の理由をなぜ話さないのか。理由を話さないのであれば、そもそもなぜ首切りを認めたのか。この矛盾を解消するための答えを、私は一つしか思いつきませんでした。
それは、被害者自身が首を切るようにアンさんに頼んでいたということ。そして自殺であることがばれないよう、首を切った理由を話さないようにとも頼んでいたということです」
「被害者が、自殺だとばれないようにしてほしいと頼んでいた……?」
梓さんが推理した真相の意味が分からず、私は首を傾げる。
自殺を他殺に見せかけるメリット。パッと思い浮かぶのは死亡保険を家族や恋人に渡すため、とかだろうか。というかそれ以外特に思い浮かばない。
けれども、この性別転館に来て自殺を考えるなんてことがあるだろうか? アンの存在自体来てみるまでは分からない話だし、性転換装置を使えば自殺などせずとも新たな人生を歩めるようになる。ある意味、最も自殺とはかけ離れた場所だと言えるはずなのに。
大体、毒田さんは性転換自体行っておらず、馬酔さんは性転換後の姿に満足している様子だった。小田巻さんならともかく、この二人が自殺なんてありえないと感じるけど――
皆から疑惑の視線を受けてか、梓さんは「次は、なぜ自殺をしたかの理由についてお話しします」と言った。
「おそらく皆さん、被害者のお二人に自殺をする理由がないのではないかと考えていることと思います。ですが、これにも一つ有力な説があります。
毒田さん、そして馬酔さんは、二人ともTP機構のメンバーであり、彼らは元からアンさんに殺されることを目的として性別転館を訪れていた、というものです」
「アンに殺されるために館に来ていたって、そんなことあるの?」
TP機構のメンバーであれば死ぬことに対して頓着はしない。だけどそれは彼らなりに、その死に意義があるからだ。アンに殺されることが、TP機構として意義のあることだとは思えない。
そんなことをしたところで、アンが危険なアンドロイドであると示すくらいしか――いや、それこそが彼らの目的だった?
梓さんの言いたいことにようやく思い至る。それを裏付けるように、彼の口からは私が思い描いた通りの内容が話された。
「一般の客として潜入し、そのうえでアンさんに殺される。これにより、性別転館が危険な場所であるということを私たち他の参加者に喧伝してもらおうと考えたのです。しかし一般客としてではアンさんに殺されることはできず、かと言って敵対してしまえば、その死は隠蔽されてしまうかもしれない。そこで彼らは、自殺をしたのち、その死体の処理をさせることで間接的にアンさんが自分たちを殺したと思わせようとした」
「本当に、そんなこと……」
反射的に否定しようとするも、TP機構のメンバーであればやりかねないと納得してしまう。彼らは目的のためなら死ぬことすら厭わない。武力による破壊が敵わないとなれば、別の手、今梓さんが言ったようなことをするかもしれない。
自分では明確な反論の言葉を思いつかず、ヒエンと一柳に視線を向ける。自信満々に一番手を譲った二人は、梓さんの推理をどう見たのか。
ヒエンはワクワク顔で口をもぞもぞさせているが、どういうわけか何も言わない。それを見て取ってか、無表情の一柳が口を開いた。
「その推理には欠けているピースがいくつもある」




