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性別転館の殺人  作者: 天草一樹
事件パート:トランスフォビック機構の恐怖と狂気

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小田巻さんの推理

 宗助は伏せったままで何を考えているか分からないが、小田巻さんも梓さんも真剣な表情で黙考している。

 二人が今、脳内でどんな推理を繰り広げているのか。堪えきれなくなった私は、まず小田巻さんに声をかけた。


「どうですか小田巻さん。犯人について、何か分かりそうですか?」

「え! いや、まあ、ちょっと考えはあるけど……」

「凄いじゃないですか! ぜひ聞かせてください!」

「う、うん。期待されるほど大したものではないというか、あれなんだけど……」

「私も気になります。全く的外れな推理であったとしても構いまわせんので、話していただけませんか?」

「は、はい……」


 こうした期待される状況に慣れていないのか、小田巻さんは照れくさそうに細長い体をもじもじさせる。

 全然私より年上のおじさんであり、背も高いながらこの小動物的な態度。ギャップを感じて、少しだけ胸がときめいた。

 言おうかどうかそれでも悩んだ様子を見せていた小田巻さんだったが、私たちの圧に耐え兼ね、ついに口を開いた。


「あの、その、もし不快にさせてしまったら本当に申し訳ない推理なんですけど……僕は、お二人のどちらかが犯人なんじゃないかなって思ってます」

「……どうして?」

「具体的にお聞きしたいところですね」


 指摘された一人――もとい私は驚きを隠しきれず震え声で、もう一人――もとい梓さんは純粋に興味深そうな声で続きを促した。

 小田巻さんは細長い体を縮こまらせ、明らかに年下の私たちに対し、卑屈ともいえる態度で理由を語った。


「僕が注目したというか、気になったのは、毒田さんの部屋に使用した形跡がなかった点なんです。この館にどんな理由があって来たにしろ、宛がわれた客室を使わないでいる理由は何かなって」

「それは確かに気になりますね。素晴らしい着眼点だと思います」


 小田巻さんの緊張をほぐそうとしているのか、梓さんが柔らかい声で相槌を打つ。

 褒められたことで少しだけ気分が楽になった様子の小田巻さんは、先よりも顔を上げ、はっきりした声で続きを語った。


「自分の部屋があるのに、その部屋を使わない理由。考えられるとしたら、誰か知り合いの、それもかなり親しい人の部屋に泊めてもらってるんじゃないかって」

「ちょっと待って。それって、偶然毒田さんの親しい人がこの館に来てたってこと?」


 私の疑問に対し、彼は迷いなく頷く。


「そうです。毒田さんが性転換装置否定派であるならば、今事件を起こしているTP機構のメンバーとも知り合いであった可能性は十分あるんじゃないかって」

「その可能性は確かにあるとは思いますが、だからと言って部屋を共有したりするでしょうか?」

「普通はしないかもしれませんが、その、ただの知り合いじゃなくて、奥さんや恋人、もしくは愛人なんじゃないかと……」

「つまり、私たちのどちらかが毒田さんの愛人だったんじゃないかって言いたいわけ」

「す、すみません!」


 少し圧のある声で尋ねると、小田巻さんは光の速さで頭を下げた。その所作は素人のそれでなく、熟練の達人技を彷彿とさせるほど見事なものだった。

 僅かに芽生えた苛立ちも瞬時に掻き消え、代わりに申し訳なさが込み上げてくる。私もすぐに声を和らげ、謝り返した。


「あ、ごめんなさい。別に怒ってるわけじゃなくて、ちょっと予期してないこと言われたから、つい」

「そうですよ。謝る必要なんてありません。私たちにお構いなく続けてください。今はそういう場なんですから」


 怒りや苛立ちを一切感じさせない、包容力のある声色。表情もそれに伴いにこやかであり、小田巻さんもほっとした様子で顔を上げた。


「私たちのどちらかが愛人だった。そこで、毒田さんは自分の部屋に泊まらず、私たちの部屋に泊まっていた。ここで愛人候補として私たちを挙げたのは、元の性別が女性だったからですか?」

「は、はい。元々女性だったのは、鬼灯さんと水仙さん、それから殺された馬酔さんの三人だけだったので。馬酔さんがこうして殺されてしまった以上、お二人のどちらかしかないかと……」

「だけどさ、それだと毒田さんが殺された点ってどう考えてるの? 殺す必要性なくない?」

「そこはやはり、痴情の縺れなんじゃないかと。だから毒田さん殺害時にはTP機構を喧伝するような殺し方はしていなかったのに対し、馬酔さん殺害時はTP機構の一員として殺害を行ったため、あのような血文字を残したのかなって」

「なるほど……」


 容疑者に私が入っていることを除けば、意外と悪くない推理な気がしてきた。

 最初の殺人はTP機構としてではなく、二度目の殺人はTP機構として行ったもの。これまでの話から毒田さんがTP機構のメンバーであることは間違いないと考えられていたが、それだと毒田さんが殺された理由がよく分からなかった。しかしそれも、小田巻さんの考えであれば解消できる。


「それから、馬酔さん殺害の件に関して何ですけど、僕は彼が三階に呼び出されたと思っていて。じゃあ誰の呼び出しなら信じてついてきただろうって考えた時、特に仲良く話していた水仙さんか、優しい雰囲気で犯人っぽくない鬼灯さんのどちらなんじゃないかなって」

「毒田さんだけでなく、馬酔さん殺害も私たちが最有力の容疑者として挙げられるですね。成る程……素晴らしいです。非常に分かりやすく説得力のある推理。小田巻さんは賢い方ですね」

「いえ、そんな……」


 まるで尊敬する上司に褒められた部下のように、小田巻さんは顔を赤らめる。

 けれど梓さんは彼の推理に満足をしたわけではないようで、「ですが、いくつか不確定要素もあります」と続けた。


「まず、毒田さんの愛人が女性であると限定していますが、これは男性である可能性も十分考えられます。今の時代、同性愛もそう珍しくはありませんから」

「ま、まあ、そうですね……」

「それから、愛人でなく、純粋にTP機構の同志だった可能性もあり得ます。毒田さんと犯人は、偶然同じタイミングで性別転館に入り込むことができたため、犯人の部屋で、何かしら策を練っていた。その策が皆殺しか、それとも性転換装置の破壊かは分かりませんが。しかし二人はその策を練っている段階で仲違いを起こしてしまった」

「仲違い……」

「はい。考えられる原因としてぱっと思いつくものとしては、毒田さんはTP機構のためとはいえ性転換を拒んだのに対し、犯人は拒まず性転換を行ってしまったから、などでしょうか」

「「おお……」」


 即興の別解としてはあまりに完璧な推理を提示され、私と小田巻さんはそろって感嘆の声を上げる。

 一方、梓さんからすればこの程度の考えは当然のようで、自慢することもなく「馬酔さんを呼べた人物も、私たちだけとは言えない気がします」と続けた。


「確かに、馬酔さんから信頼されていた人物としては水仙さんと、恐縮ながら私も当てはまるかもしれません。ですが、例えばヒエンさんや一柳さんが、事件解決のために協力してくれと言ってきたら。果たして馬酔さんはその申し出を断れたでしょうか?」

「ああ……ちょっと押しに弱そうなイメージはあるし、厳しそうですね」


 特にヒエンからのしつこ過ぎる誘いを受けたら、耐え兼ねて従ってしまうことは十分に考えられる。天岩戸に籠るアマテラスが如く部屋に引きこもり続けていた宗助ですら、結局はその圧に屈して部屋から出てきたほどだし。


「加えてもう一点。馬酔さんは、肉体的な力だけで見れば、この場にいる誰よりも強くなっていました。このことが、いざとなれば力で対抗できるという過信を与えていた可能性も否めません」

「それはあるかも……。今のヒエンや、女性だった時の一柳さん、梓さん相手であれば、油断しない限り殺されたりはしないって思ってたかも」


 見た目は完全にムキムキゴリラで、実際見かけだけでなくその体には強大な力が宿っていた。訓練室でずっとトレーニングをしていたし、力に関しては妙な自信を抱いていた気がする。

 梓さんの意見はおそらく正しい。しかし正しいということは、小田巻さんの推理では実質犯人を全く絞り込めていないことを意味する。

 彼もそのことに気付いたらしく、がっくりと肩を落としていた。

 推理は結局振出しに戻った。いくつか面白い視点はあったけれど、犯人を当てるには、別のところから攻める必要があるらしい。

 やっぱりこんな目撃情報ゼロの状況で犯人を見つけるなんて不可能じゃないのか。私はそんなことを思いつつ、ちらりと梓さんの顔を盗み見る。すると意外にも、彼の表情はここに来る前よりも明るく、どこか楽しげにさえ見えた。


「……梓さん、もしかして犯人の見当ついたんですか?」

「いえ、まだ見当は付いていませんが、面白い――もとい、気になる仮説は思い浮かびました」


 自分の表情がやや緩んでいることに気付いたのか、梓さんは慌てて表情を取り繕う。

 その変化を見て、彼も実はヒエンと同類だったりするんだろうかなんて考えが脳裏をよぎったが、すぐに打ち消した。

 これ以上、奇人変人が増えるのはごめんである。

 何はともあれ、事件解決の糸口は見えたらしく、「改めて、ご協力ありがとうございました」と頭を下げ、梓さんは立ち上がった。


「まだ三十分程度時間がありますので、館内を見回りつつ、もう少し考えを深めたいと思います。それでも、犯人を特定できる自信はありませんが。では、一旦失礼します」


 もう一度軽く頭を下げ、梓さんは廊下へと向かって歩き出す。

 私たちも彼に倣って頭を下げていると、不意に宗助が口を開いた。


「因みに、馬酔さんって人の殺害方法は何だと思ってるの」


 急な問いかけに対し、梓さんは驚いた表情を浮かべず、優雅にターンしながら、


「勿論、性転換装置です」


 さらりと応じた。

 宗助はその答えで納得したらしく、「ふーん」と呟くとそのまま口を閉ざした。

 何が何だか分からないでいる私たちを尻目に、梓さんは「今度こそ、失礼します」と言い、食堂から出て行った。




 その後、私たちの間では事件に対する会話は特に流れず。

 現実逃避をするかのように世間話をして時間を潰した。

 途中、ヒエンと一柳がそれぞれ一回ずつ訪問し、いくつか質問を受けたけれどそれだけ。質問の内容としては、ヒエンから昨夜の行動を、一柳から身分証明書についてをメインに聞かれた。

 他にこれと言ったことは何も起こらず、あっさりと一時間は流れていった。

 個人的に気になったのは、ヒエンの私を見る目が妙ににやけていたこと。悪い予感がするものの、だからといって何かできることがあるわけでもなく。

 ついに、三つ巴の推理勝負が行われる時間となった。

次話から解決編に入っていくので、一週間おき更新になります。というか、もう一本上げ始める予定だった作品が全く進んでいないので、そっちを投稿するまでの繋ぎとしてもう少し粘ってもらおうという感じです。

早く結末を読みたい人には申し訳ないですが、完結までもうしばらくお待ち下さい。また、読者への挑戦状を入れられるほどの作品ではないのですが、もし事件の真相を推理された方がいましたら是非感想などに書き込んでいただけますと幸いです。

それでは、引き続きお楽しみください。

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