事件整理
「えーと、暇だし私たちも事件の推理とかします?」
どうにも気まずい雰囲気に耐えられず、私は二人に問いかけた。
場所は食堂。アンには食堂のすぐ外に待機してもらっており、この場には私と小田巻さん、そして宗助の三人が席についていた。
これから一時間。一柳、ヒエン、梓さんの三人が事件解決ために館を駆け回る中、私たちは何をするでもなくお茶を飲んで過ごすだけ。
自分は何もしなくていいのだと気を楽にできればよかったのだが、生憎私にそんな余裕はなく。
何より、事件を無視したままになんてできなかった。
「えー、めんどい」
予想通りというか、宗助からは反対の声が上がる。
初めて会った時同様に、テーブルに体全体を預けており、見るからにやる気がないことが伝わってくる。
元よりこれに賛同してもらえるとは思っていなかったため、私は小田巻さんを対象に話しかけた。
「さっき小田巻さんは、馬酔さんが三階にいたことから計画的犯行だろうって見事な推理してましたし、ちょっと意見とか聞いてみたいです」
「いやあ、僕なんかに期待されても困るんだけど……」
小田巻さんは困ったように頭を掻くが、私が視線をそらさないのを見て取ると、俯きながら話し出した。
「ええと、まず、事件の推理って言うのは今回のこと? それとも、最初の毒田さん殺害の件も含めて?」
「両方です。というか、ぶっちゃけ誰が犯人で、誰が犯人じゃないと思うのか聞いてみたいです」
「ううん……いきなり言われても、すぐに思い浮かばないから、ちょっとだけ待ってもらってもいい?」
「勿論です」
口元に手を当て、考える人みたいなポーズで悩み始める。
私はそこでようやく彼から視線を外し、ちらりと宗助を見た。
顔をぺたりとテーブルに張り付けているため表情は見えないが、多分寝てはいないはず。もし彼女が犯人でないのなら、殺人犯の正体が気にならないわけはないし、私たちの議論が進めば自然と顔を上げるだろう。
さて、小田巻さんの推理がまとまるまで少し暇になるか。
ぐっと両腕を伸ばし、全身に漂うだるさをはらう――と、食堂の扉が開き、梓さんが中に入ってきた。
まだ解散したばかりだというのに、なぜ食堂に来たのか。意図が読めずドキドキしていると、梓さんは少し恥ずかしそうな笑みを浮かべて、「少し、協力を仰ぎに来ました」と頭を下げた。
「協力ですか?」
「はい。成り行きで私も推理をすることになってしまいましたが、お恥ずかしい話、犯人の目星どころか何をすればいいのかさえ思い浮かばない状態です。そこで、卑怯かとも思いましたが皆さんのお知恵を借りようと思いお伺いしました」
「いやいや、卑怯なんてことは全然ないですよ。犯人の特定は全員の望みなんですし。それに、ちょうど私たちも事件について話そうと思ってたんです」
同意を求めるべく小田巻さんに視線を振ると、彼はがくがくと何度も首肯した。
元より断られるなんて思っていなかっただろうが、梓さんは安堵の笑みを浮かべ、「有難うございます」と感謝の言葉を口にした。
彼女は私たちと同じ席に着き、「では早速、事件の整理していきましょうか。まずは、毒田さん殺害に関して、現状分かっていることは何でしょう?」と問いかけてきた。
私は記憶を掘り起こし、思い浮かんだことをつらつら並べ立てた。
「ええと……毒田さんは訓練室で馬酔さんによって発見された。首なし死体として。で、その首の切断は犯人によるものじゃなくてアンがやったこと。理由は不明。切った首は館の地下にある死体集積所に投げ入れられた」
「首切りはアンさんが死体に対して行ったため、殺害方法は別と考えられますね。毒田さんの体には外傷が見当たらなかったことから、紐などを使った絞殺、または鈍器を使った頭部への殴打による撲殺が有力でしょうか」
「あ、えと、死亡推定時刻は二日目の二十三時から三日目の七時だったっけ? あ、いや、アンさんが五時に死体を発見したらしいから、二日目の二十三時から三日目の五時が正確かな。それで、僕を含めて、その時間にアリバイのある人は誰もいないって話だったような」
「毒田さんの死体の背にはTP機構のマークが書かれた紙が落ちてて、本人も性転換反対派だったことから毒田さんはTP機構のメンバーだった可能性が高い。それに予約表を見る限りでは、事実性転換装置を使った形跡もなかった」
「また奇妙な点として、毒田さんが使用していたはずの部屋には彼が泊まっていた形跡が見られませんでした。さらに死体となって発見されるまでの二日間、毒田さんを目撃したという情報もありません。彼はいったいどこで、何をしていたのでしょうか?」
「他には……何かありましたっけ? 僕の記憶だとそれぐらいしか思いつかないんですけど……」
「そんなに不安そうにせずとも大丈夫ですよ。私の記憶でも、重要な点は全て挙げれたと思いますから。水仙さんは他に何か思い浮かびますか」
「うーんと、アンが五時に毒田さんを発見したのは、毒田さん本人に見に来てくれるよう言われてたってこととかですかね」
「確かに、それも大事な点ですね。他にはありますか?」
私も小田巻さんもそろって首を横に振る。
梓さんは一度首を縦に振ると、「それでは、これら情報の中から犯人を導き出す必要があると言うわけですね」と呟いた。
交互に毒田さん殺害事件に関する情報を挙げていった私たち。
首なし死体であることや、TP機構が関わっていること。何より場所が性別転館であることを踏まえるとかなり複雑に思える一方、現象としては毒田さんが深夜に撲殺、または絞殺されただけの単純な事件な気もする。
けれど単純であるということは、犯人を絞るヒントが少ないということ。推理小説でよくある、密室を解明すればおのずと真犯人が導き出される、と言った構図になっていないのは非常に厄介だともいえた。
整理しては見たものの、やはり犯人に辿り着くようなアイディアはすぐに思い浮かばず。続けて本日起こった、馬酔さん殺害事件についての情報をまとめることにした。
「続いて馬酔さん殺害の件ですが、まずこちらは、小田巻さんが第一発見者でしたね」
「あ、はい……。もう性転換するチャンスも少ないので、もう一度性転換室を見に行こうかと思いまして……そしたら、あの惨状で……」
「分かっています。無理に思い出す必要はありませんよ。死体を発見してからは、すぐに二階に降りて私と出会ったのですよね」
「は、はい。その通りです」
「私が他の方を呼んでくる間、三階で待機してもらいましたが、その間におかしなものを見たり聞いたりはしていませんか?」
「と、特に何もなかったと思います」
「つまり小田巻さんが死体を発見したころには既に犯人は現場にいなかった。今回も深夜に犯行が行われたことは間違いなく、やはり全員にアリバイはない。そういうことになりますね」
今回も前回も、アリバイがある者が誰もいない。そう言う意味では、今この場にいる人の中に殺人犯がいる可能性も十分ある。皆平静を装っているが、そういう目で相手を見ているはず。
私はそのことに気付き、改めて身を震わせた。
「そう言えば、今回の首切りもアンがやったんですかね?」
「はい。そうらいしいです。何でも、馬酔さん自身から深夜に三階に来てほしいと手紙を受け取っていたとか。そして死体発見後、首を切って死体集積所に入れたそうです。例によって、理由は教えてもらえませんでしたが」
「……なんかもう、アンが犯人でいい気がしてきません?」
「そう思いたくなる気持ちは分かりますが……」
梓さんは苦笑した後、コホンと咳ばらいを一つ。
「その可能性はひとまず無視して、今は馬酔さん殺害事件のポイントを挙げていきましょう。個人的に気になるのは、TP機構のマークが血文字で大きく描かれていたことですね」
「僕としては、むしろ今回の方が派手でTP機構らしいような気もしますけど……。ポイントとして挙げるなら、それより予約表じゃないですか?」
「それは間違いないよね。毒田さんの部屋番号を使用して入れられていた五つの予約。馬酔さん殺害に関わっているのか、それ以前にその時間に本当に性転換装置は使われたのか」
「実は昨日、性転換室にいる案内ロボットに、予約時間中に実際に性転換装置が使用されているかどうか尋ねたのですが、プライバシーの関係から教えられないと断られてしまいました」
「じゃあやっぱり、誰が予約したのかも、実際に使ったのかもわからないと……」
「あ、あと、なぜ馬酔さんが三階にいたのかも謎だよね……。僕以上に馬酔さんは殺人事件を恐れてたし、そもそも部屋から出ようとするとは思えないんだけど……」
「そうですね……。他には何か思い浮かびますか?」
「私は特にないです」
「僕も思い浮かばないかなあ」
「そうですか……ご協力ありがとうございました」
情報の整理を手伝ってくれたお礼として、梓さんが深々と頭を下げる。
そんな礼を言われるようなことをしたわけではない私と小田巻さんは、慌てて頭を下げ返す。
これで事件が解決するなら、むしろこちらが感謝をしないといけない話。優秀であるにもかかわらず謙虚さを忘れず、常に相手を立てる姿勢――なんというか、人としての格の違いを感じさせられる。
それはともかく、今一番重要なのは、ここから犯人に辿り着けるかということ。
私的には無理な気がしてならないが、梓さんなら思いがけない推理を導き出しそうな気がする。
期待や不安がないまぜになったまま、食堂ではしばらく沈黙の時間が続いた。




