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性別転館の殺人  作者: 天草一樹
事件パート:トランスフォビック機構の恐怖と狂気

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20/37

助手交代

「ああー! 葵っち何さぼってるの! しかも一柳と一緒にいるって浮気か!」

「全く、面倒な奴が来たわね」


 いつの間にかホールにやってきていたのはミス・ヒエン。

 殺人事件が起きた館にいるとは思えないほど爛々とした瞳を、今は少し怒らせて、私のことを指さしている。

 そう言えば、すっかり八人目を探すことは忘れてアンへ質問を行っていた。

 浮気云々はジョークとしても、なんと言い訳したものか。

 助けを求めるように一柳を見ると、ため息をついた後、意外にも私をかばうように前に立ってくれた。ただし、いつも通りの喧嘩腰だったが。


「悪いけど、今大事な話をしてる最中なの。あなたの探偵ごっこに付き合ってる暇はないから、あっち行っててもらえる?」

「はあ? 探偵ごっこはそっちっしょ? どうせ大した推理なんてできないんだし、あたしの助手返してよ」

「あら。TP機構が絡んでるって大事な情報を秘密にして、挙句には死体まで死体集積所に入れてそれ以上調べられなくしたポンコツがどの口で言うのかしら」

「ちょ、葵っち話しちゃったの! あたし達だけの秘密って言ったのに!」

「ご、ごめん……」


 よりぷりぷり怒りだしたヒエンから身を隠すべく、アンの背後に移動する。

 色々と有益な情報はゲットしたし、梓さんとの会話から八人目がどの部屋にいるかまで突き留めたわけだけど、今のヒエン相手じゃすぐに説明できなさそうだ。

 私がどうしようか迷っていると、一柳が急に驚きの提案を口にした。


「というか、助手なら彼じゃなく私にしなさい」

「はあ?」

「え!?」


 おそらくこの館で最も相性の悪い二人組。ましてヒエンのことを完全に異常者の類と考えている一柳が一体どういう風の吹き回しか。

 私とヒエン、ついでにアンからも訝しげな視線が飛ぶ。彼女はそれらの視線を鬱陶しそうに手で追い払うと、「監視よ、監視」と言った。


「そいつの暴走を止めるにはあなただと不十分でしょう。まんまと丸め込まれてTP機構が絡んでいることを隠すのも、死体を地下に送り込むのも許容したんだから」

「そ、それはヒエンの理屈も分からないではなかったからで……」

「だからよ。その理屈で今後も大事な情報が私たちに回されずに処分される可能性があるわけでしょ。TP機構が絡んでるなら、私たちの命だって安全とは限らない。悪いけど、あなた一人に任せておけないわ」

「まあ、それは……」


 見張りの役目を全く果たせていない件については否定のしようがないし、皆の命を預かれるかと言われてもそんな自信も責任感もない。

 ここは素直に助手の立場は譲ってしまおう。そもそもやりたくないし。

 ヒエンにしても、性格はともかく能力だけで言えば私よりずっと上の一柳が助手の方が助かる面は多いだろう。本人が望むのであれば、それを断る理由は無いはずだ。

 ヒエンは眉間にしわを寄せ「むむむむむ」と唸っている。

 この隙に、いったん部屋に戻ってしまおう。

 私は小さく頭を下げて、そそくさと自室に向かって歩き出す。

 そんな私の動きに気付いたヒエンは、ふと何かを思い出したらしく、ずんずんとこちらに向かってきた。


「え、えと、どうかした? 聞き込みで得た情報なら全部一柳さんに教えたけど――」

「ふん!」

「ギャー!」


 唐突に、ヒエンは私の股間を鷲掴みしてきた。

 あまりにも唐突で、あまりにも堂々としたセクハラ行為。

 顔をぶん殴ってやろうかと拳を振り上げるも、ヒエンのご尊顔(美少女顔)に目がくらみ、振り上げた拳をおろすことはできなかった。


「な、な、な、いきなり何すんの! いくら何でも非常識すぎるでしょ!」


 声を震わせての心からの叫び。

 だけどヒエンの目は冷え切っており、まるで私の方が悪いことをしているかのような顔つきだった。

 訳が分からずじりじりと後ずさる私に、ヒエンは視線同様冷めた声を投げかけてきた。


「だって、葵っちあたしに嘘ついてたみたいだから。ちゃんと確認しておかないとって」

「う、嘘ってなんのことよ」

「葵っち、女じゃなくて男だったんでしょ。あたしが女だって勘違いしてるの気付いてたのに、ずっと黙ってたの、嘘以外のなんなのさ」

「いやあ……それは、あはははは……」


 そこまで深い意味があったわけではないが、何となく勘違いさせたままの方が都合が良い気がしてそのままにしていた。

 とはいえ勿論、隠されていた側のヒエンからしたら気分のいいものではない、というか推理の判断材料が狂うわけで、怒るのも当然だろう。……というか、もしかして疑われてる?


「べ、別に騙す気があったわけじゃなくて、なんというか成り行きで、言うタイミングがなかったというか……」

「絶対そんなことないと思うけど」


 じーっと猜疑の目で睨みつけられる。

 どうしたらいいものかと頭を悩ませていると、呆れ声の一柳が割り込んできた。


「あなた、助手の性別もしっかり確認しないで捜査なんてしてたのね。そもそも、彼みたいに中性的な性別の相手を女と決めつけて話すなんて、不注意の極みよ。探偵役、変わったほうがいいんじゃないの?」

「ぐるるるるるる……」


 獣のうめき声のような、リアクションに困る反応をヒエンがする。

 悔しいけど言い返せない、だけど黙ってはいられないという感情がありありと伝わってくる。

 何だか少し申し訳ない気もするが、確認不足なのは実際そう。私はこれ幸いと、


「ええと、ごめんね。じゃあ、まあ、そういうことで」


 軽く謝罪をして、今度こそ自室へと引き上げた。

 自室前に辿り着いたところで、ふとある思考が頭をよぎり、私は動きを止めた。それから踵を返し、3号室へと足を進める。もしかしたら出てくれないかと思いつつ、扉をノック。

 十秒経っても反応は無し。

 中にいないか、もしくは犯人を恐れて出てこないのか。たぶん後者だろう。

 少し残念に思いながら私は諦めて戻ろうとする。しかしその直後、扉が開き中から馬酔さんが顔を覗かせた。

 筋肉ムキムキのごつい体型に見合わず、少女のように体を震わせて、怯え切った顔をしている。

 まあ本来は、これが当然の反応だ。つい数日前までは正真正銘か弱い乙女だったのだし、いくら体がマッチョマンになり、ここ二日間がっつり鍛えたからと言って、殺人者を恐れないメンタルなんて手に入るはずがない。

 それを言うと私はどうなんだとなるが、単に図太いというか鈍感というか、まだ現実感がないだけの話だろう。

 それはともかく、こうして顔を出してくれたのは都合がいい。


「あのね馬酔さん。ちょっと提案があるんだけど――」

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