性別転館到着
『ようこそいらしゃいました』
「お、おお……さすがは性別転館。なんか未来的だな」
性別転館まで、専用の送迎車に乗りおよそ一時間。山奥にひっそりとたたずむその館は、コの字型をした純白の建物だった。
館の正面玄関に私を降ろすと、運転手は「じゃあ、また五日後に」と告げ、すぐさま車をUターンさせ来た道を戻っていった。
一人取り残された私は、しばらくの間車の去っていった方角を見つめた。
これで今から五日間、私は普段の日常から隔離され、性別転館に囚われの身となる。規定により、一度館の中に足を踏み入れたら最後、五日後の滞在終了時間になるまで館から出ることはできなくなる。これは性転換後こっそり山を下り、犯罪を犯した後再び性転換により元の姿に戻る人が現れるのを避けるための処置だ。
とまあ理屈は分かるのだが、閉じ込められるというのはあまり気分のいいものではない。こうして送迎車は麓まで戻ってしまったこともあり、館内で事故に遭った際、病院に向かうことも難しい。勿論、そんな事態は早々起こるはずないとは思うけれど。
いつまで外に立っていても、車が戻ってくることはない。
私は覚悟を決め、玄関の前に移動する。ドアノブに手をかけ扉を開けた――つもりが開かない。どうやら鍵がかかっているようだ。
扉周りを見てみるも、インターホンの類は付いていない。代わりに一台の監視カメラが扉の上からこちらを見下ろしていた。
誰かが見ていることを信じ、軽く手を振ってみる。すると意外にも、カチリ、と音がしてすぐさま扉のロックが解除された。
もしかしてぼんやり突っ立てるところからずっと見られてた?
そんな羞恥に駆られるも、見られていたものは仕方ないと思い直し、改めてドアノブに手をかける。扉を開け中に入ると、目の前には女性とも男性とも取れる非常に中性的な人型のロボット――いわゆるアンドロイドがいた。
まさかのアンドロイドのお出迎えに、自然と驚きの声が漏れる。
一応性別転館について事前にネットで調べようとはしたのだが、嘘か実かさっぱり分からない情報ばかりだった。中には流暢に話すアンドロイドがいるなんて書き込みもあった気がしたが……まさかそれが事実だったとは。
一方驚きなどという感情とは無縁なアンドロイドは、機械的に質問を投げかけてきた。
『お客様は、水仙葵様でお間違いないでしょうか』
「あ、はい。正真正銘水仙葵です。よろしくお願いします」
アンドロイド相手に頭を下げても意味がないかと思うも、彼(彼女?)は私の真似をするかのように頭を下げ返した。
『こちらこそ、よろしくお願いします。私はアンドロギュノスと申します。もし名前が長く呼びにくいようでしたら、アンとお呼びください。館内での困りごとがあれば、いつでも遠慮なくお申し付けください』
「はい、分かりました」
アンドロギュノスとは、またごつい名前を付けられたものだ。何か名前の由来があるのかもしれないが。それにしても、アンドロイドとは思えないほど、実に流暢に喋るものだ。私の知らぬ間にAIも随分と進化していたらしい。
AIの進化に感心していると、アンは両手を差し伸べてきた。
『それでは、早速ですが通信機器、及びカメラの方を回収させていただきます』
「あー、それって拒否できたりしませんか? 急な連絡もないとはいえないので」
案内の注意事項に書かれていたことではあるが、一応断れないか試みる。今の時代、五日間とはいえスマホやタブレットを手放すのは抵抗がある。
少しごねれば許しが出たりしないだろうかと期待するも、
『大変申し訳ありませんが、それはできません』
と、不快感を全面に押し出した表情と声音で断られた。アンドロイド相手に。
『お客様の中には、本気で性転換を考えているのではなく、ただのネタとして性別を変更し、それを動画や記事にして一稼ぎしたいなどという不埒な考えを持った者もおいでです。そうした方々は本心から性転換を望んでいる方の妨げとなり、主様の思想から外れることとなります。ゆえに、通信機器やカメラ等の撮影機材の持ち込み、使用はこの館では禁止とさせていただいております』
「まあ、はい、ですよね……」
表情の豊かさもあり、まるでアンドロイドに人間の愚かさを呆れられているかのような、何とも言えない心地になる。しかし流石はアンドロイドというべきか、アンは一瞬で表情を元に戻すと、説明を再開した。
『当館におかれましては、二階に情報室としてインターネットに繋がっているPCをご用意しております。SNSや外部との通信はできませんが、ニュースや各種サイトの閲覧はできますので、ぜひ有効活用していただけたらと存じます』
そう言ってる間も、アンの両手は前に突き出されたままピクリとも動かない。
早くも勝機を見いだせなくなった私は、諦めてアンの手にスマホを乗せた。
アンは『持っている通信機器はこれだけですか?』と聞いてきたので、「これだけです」と返す。するとアンは私の頭頂部から足のつま先までがっつりと観察――もといスキャン(?)してきた。
生憎本当に通信機器はさっき渡した一台だけ。ゆえに何か反応があるわけもなく、なぜかアンは少しがっかりした表情を浮かべ『どうやら嘘はついていないようですね』と認めてくれた。
手の上に置かれた私のスマホをそのまま腕の中に(!?)収納すると、今度は館に関する説明が始まった。
『さて、本館は女性棟と男性棟に分かれております。館の左側が女性棟、右側が男性棟となっております。女生棟も男性棟も客室が八部屋ほどあり、女性棟はローマ字で、男性棟はアラビア数字で一から八の数字が割り振ってあります』
アンの腕の一部が開き、中から数字の書かれた二本の鍵が出現した。
『こちらは水仙様の泊まるお部屋の鍵となります。部屋番号は6とⅥ。現在水仙様は女性でいらっしゃいますので、Ⅵの鍵をお使いⅥのお部屋にご宿泊ください。性転換装置を使用後、男性となられてからは6の鍵を使い6のお部屋でお休みください』
流石は性別転館というべきか。各客に男性用と女性用の二部屋が用意されているらしい。
「あの、女性用と男性用の部屋で何か違いはあるんですか?」
『部屋の構造に違いはありません。しかしアメニティには違いがあります。入っていただければわかりますが、女性部屋には女性用の各種アイテムを、男性部屋には男性用の各種アイテムを取り揃えております』
案内によれば、下着などの替えもこだわりがなければ用意しなくてよいと書かれていた。性転換後の体型は不明なため、そもそも事前に準備することは困難。そこで性別転館の主人は、それら下着を含めた男女の必需品を各種部屋に取り揃えてくれているとのことだった。
「因みに、女性の時に男性棟に入るのは禁止だったりしますか?」
『いえ、禁止はしておりません。あくまで推奨ですので、ずっと女性棟を使用されても問題はありません。最も、性転換後もわざわざ女性棟を利用する意味はないと考えますが』
館内でおかしなことはするなよ、という圧を感じる。なかなかどうして人間味あふれるアンドロイドだ。
無言でこくりと頷いた私を無機質な目で見つめ、アンは館の設備について紹介を始める。
『当館には、滞在中の生活を快適にするための設備が複数用意されています。一階には二十四時間専用のシェフロボットが控えております食堂と、性転換後の筋力・体力等を測定し、慣らすこともできるトレーニングルームが。二階には男女それぞれの身体的構造や社会的な問題・課題、その他性別にまつわる書物が集められた図書室、それから先に紹介しました情報室、また他の滞在客と交友を深めることのできる談話室と遊戯室をご用意しております。そして三階には、皆さまの最大の目的である性転換装置の置かれた性転換装置と、性転換後の姿を彩ることのできる装飾室がございます。是非ご活用ください』
「な、なるほど……?」
『まあ下等な人間の皆様は、このように一度に話されても記憶できませんでしょうから、どうぞ、こちらの館内図をお使いください』
「あ、どうも」
再び腕が開き、中から館内図が出てくる。
私はそれを頭を下げて受け取って―――いや待て、なんか今ナチュラルにディスられなかったか? それも人類規模で。
『気のせいです』
気のせいだったらしい。というかこちらの心を読んだとしか思えないタイミングで返事が来た。こわ。
まあそれはともかく、これで館内図と部屋の鍵も受け取った。
早速部屋を見に行こうかと女性棟に目を向ける。が、『最後に禁止事項です』とアンの話はまだ終わっていなかった。
「禁止事項って、通信機器を使わない以外にも何かあるんですか?」
『はい。当館での性的交渉は禁止となっておりますので、ご注意ください』
「せ、性交渉!?」
予想外の言葉に、つい驚きの声が漏れる。アンはそんな私を気にかける様子もなく淡々と理由を説明した。
『性転換後は、自身の姿が変わったことで妙にテンションが上がり、そのまま行為に及ばれる方もいらっしゃいます。ですが五日後まで皆様の性別は決定しておりませんし、ここで万が一にも子供ができてしまうと現状の法律ではなかなか面倒な事になりますので、全面的に性交渉は禁止とさせていただいております』
「ま、まあ言われなくてもする気はないですけど……」
『そう仰られる方に限って、意外と危険なのですけどね。特に女性から男性に性転換した方の中には、性的欲求に抗えない方もいらっしゃるようですので』
「その、そういった話苦手なので、やめてもらえると助かるんですが……」
『それは大変失礼いたしました。あ、ですが、勿論自慰行為をする分には特に制限はありませんので、ご遠慮なくお楽しみ下さい』
「……アンさんってもしかして私のこと嫌いですか?」
『私はアンドロイドですので、嫌いという感情はございません。さて、説明は以上となりますので、どうぞ、これから五日間のご滞在をお楽しみください』
「……」
頭を下げ続けるアンに猜疑の目を向けつつ、私はⅥ号室へと移動を開始した。