首切り犯への事情聴取
改めて、知りえた情報を全て共有し終わると、一柳はこれまでに見たこともない苛立った表情で、足をせわしなく揺らし始めた。
それはただ大事なことを隠そうとした私への苛立ちだけでなく、どこか恐怖を感じているかのような、怯えの色すら見て取れた。
予想外の反応に困惑する私をよそに、一柳は貧乏ゆすりを続けたまま大声で怒鳴りつけてくる。
「TP機構が関わっているって、そんな大事なこと、どうして初めに話さなかったわけ!」
「いや、それは、パニックになるから皆には隠しておいた方がいいってヒエンが――」
「あの馬鹿。何をふざけたことを……」
「ええと、一柳さんもそこまでパニックになるんですね。てっきり気にしないかと」
「TP機構のメンバーがいるって聞いて動揺しない人間がいるとでも? しかもこの性別転館にいて」
「そ、それもそうですね……」
「はあ、最悪。TP機構がいるならのんびりしてもいられないわね」
心を落ち着けようと何度か呼吸を繰り返す一柳。体の震えが完全に止まった後、目を閉じて数秒の黙考。そして急に立ち上がり、「着いてきなさい」と告げ廊下へと向かいだした。
唐突な命令に少しむっとするも、何をするのか気になり大人しくついていく。
本当にTP機構のマークがあったことでも確認しに行くのかと思いきや、一柳の向かった先はアンのところだった。
「アン、質問よ。あなた、毒田を殺してはいないけれど、死んだ彼の頭部を切り取って足元の死体集積所とやらに入れたわね」
『はい。入れました』
「え、えええええええええええええ!」
唐突な一柳の質問にも驚いたが、それ以上に、間髪入れぬアンの返答に驚愕し声を張り上げてしまった。
一柳がわざとらしく耳を塞いでこちらを睨みつけてくるが、流石にこれは叫ぶなという方が無理な話だ。
「いや、ちょっと……アン。今の冗談じゃなくて本当に言ってるの? というかどうしてそんな大事なこと隠して……」
『勿論、聞かれなかったからです』
「いや、だとしても……」
「聞くだけ無駄でしょ。そいつはあんたが言ってた通り悪趣味なプログラムを組まれた最悪のアンドロイドなのよ。元から私たちのために何かしようなんて気はさらさらないってこと」
「でも……」
私は呆然とした面持ちで、まじまじとアンの顔を見つめる。
この館の誰よりも、アンのいやらしさというか、性格の悪さは知っているつもりだった。だけれどそれは冗談の範疇で、死体とはいえ人の首を切り取り隠すなんて――そんな犯罪行為を行える奴じゃないと思っていた。ましてこの状況で、それを伏せたままにしておけるなんて。
私の中でアンへの認識が大きく揺らいでいくのを感じる。
だけど今、そんな私の気持ちを気に留める人はいない。
「どうせ聞かれるだろうから先に答えるけど、なんでアンが首を切ったと考えたかの理由は単純よ。首無し死体の切断面が異常なまでに綺麗だったから。それだけよ」
『はて、どうしてそれで私が首を切ったと考えたのかよく分かりませんね。より詳細な説明をお願いします』
アンが真面目腐った顔で首を傾げる。
その態度に一柳は眉を顰めるも、怒鳴ることなく冷静に話し出した。
「首をあれだけ綺麗に切断するには当たり前だけど料理用の包丁や小型のナイフなんかじゃ無理。アンが持っているような刀が必要になる。だけど今どき、誰か人を殺すのが目的の人物がいたとして、わざわざ刀なんて選ぶわけがない。普通に銃を使うでしょ。つまり凶器の点からアン以外に首を切れた者はいないことになるわけ」
『それはどうでしょう? 犯人はもしかしたら一流の侍の末裔だったかもしれません。銃より刀が得意な殺し屋の説もあります』
「そんなこと万に一つもないと思うけど、仮にいたとしてもあり得ないのよ」
『それはなぜでしょうか?』
「ここが性別転館だから。私自身性転換したから断言できる。性転換後の姿は元の自分ほどうまく扱えない。仮に一流の侍がいたとしても、性転換後に同じように刀を振るうのは100%無理よ。そして、被害者が殺害されたと思われる時間までには全員が性転換をしている。そうよね?」
「え、あ、うん。たぶん」
突然話を振られ、私はしどろもどろに答える。
監察医でもないヒエンの見立てだからどこまで正しいかは分からないが、死亡推定時刻は昨日の二十三時から今日の七時まで。それまでに性転換をしていない人物はいなかったはず。……いや、ぎりぎりヒエン自身が含まれていたか。
そのことを伝えるか悩んでいるうちに、一柳はアンへの質問に戻ってしまった。
「さて、色々と質問させてもらおうかしら。まずはどうして死体の首を切断なんてしたのかから」
『お答えできません』
「はあ?」
初手から回答を拒否され、一柳は眉を吊り上げる。
「答えられないって、なぜかしら? まさか犯人をかばってるの? それとも単純な嫌がらせかしら?」
『お答えできません。敢えて言うことがあるとすれば、お答えできないということが、私が答えられる限界だということです』
「何を訳の分からないことを……」
今にも拳を振り上げて殴り掛からんばかりの形相だが、美人ゆえにそんな表情も様になっている。悪女コンテストとかあれば、上位を取れそうな雰囲気だ。
まあそれはともかく、答えられないということが答えられる限界。この意味はなんとなく理解することができた。
「要するに、死体の頭部にはアンにとって、というかアンの主人にとって不利益な何かが残されていた。だから切り取って持ち去ったってことじゃないかな」
「そんな頭部に限定して残されるようなものって何よ? そもそも死体集積所があるんだから頭部だけじゃなくて体ごと入れればいいじゃない」
「どんなものかって言われたら分かりませんけど、体ごと入れなかったのは、例えばミキサーにかけるみたいに完全にすりつぶす必要があったとか。だから体じゃなくて頭部だけを切り取った、みたいな」
「だから頭部にどんなものがついてたらそんな完全に抹消する必要が出てくるのよ。というか随分えぐい発想するのねあなた」
まるで異常者を見るかのような目で、一柳が私を見つめる。確かにこの例はヤバかったかもしれないが、あれと同類と思われるのは心外だ。
『しかし、意外と悪くない路線かもしれませんよ』
「いや、あんたはどの立場で言ってるのよ、それ」
なぜか上から目線のアンにツッコミを入れつつ、私と一柳はひとまず、思いつく限りの質問をアンに投げてみることにした。
「アンは誰が毒田さんを殺したかは見てないの?」
『はい。見ておりません』
「ならどんな状況で彼の死体を見つけたのかしら。というかあなた最初、私たちと一緒に死体を見に行くまで、そんなもの知らないって言わなかったかしら」
『はい。言いましたね。あそこで知っていると答えていたら、もっと追及されるだろうと面倒に感じたものですから』
「本当に何でもありね、このアンドロイド。で、いつ発見したわけ」
『深夜、いえ早朝の五時ごろです』
「朝の五時に? なんでそんな時間に訓練室に行ったの? もしかして掃除のためとか?」
以前梓さんと話した時に、この館が綺麗すぎるとの話題になった。その時は私たちの知らないお掃除ロボットがいるんじゃないかってことになったけれど、実際はアンがやっていたのだろうか。
そんな私の予想に反し、アンはお得意の人を小馬鹿にしたような笑みを浮かべ、『私が掃除なんて面倒な事するわけないでしょう』などとほざいた。
「へ、へー。掃除でもないならなおさら意味わかんないんだけど。何、やっぱり殺しにいってたの?」
『だから違うと言っていますが。全く、人間の記憶力は本当にざるですね』
我慢できず拳が飛ぶが、アンに当たる寸前で思いとどまる。間違いなくダメージを受けるのは私だけで、アンから嘲笑の言葉が返ってくるのが想像できたから。
「で、結局訓練室を尋ねた理由は何なの」
殴る寸前のポーズで固まっている私を横目に、再度一柳が尋ねる。
『深い理由はありません。当の毒田さんから、五時ごろに訓練室に来てほしいと言われていたからです』
「毒田さんに?」
何か、頭の中でピースが繋がる音がする。
だけどそれがしっかりと形になる前に、盤を破壊する第三者の声が割り込んできた。




