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性別転館の殺人  作者: 天草一樹
事件パート:トランスフォビック機構の恐怖と狂気

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予約表

 我知らずため息が漏れる。梓さんも美麗な顔を歪め、面倒そうに息を吐いていた。


「――取り敢えず、確認はしておいた方がいいかもしれませんね」

「確認というと?」

「水仙さんの考え通り、性転換していない人が誰かの確認ですよ」

「ええと、どうやってするんですか?」

「性転換室にある予約表を調べます」

「ああ、そう言えばそんなのもありましたね」


 初日に使用して以降、特に使う機会もなかったためすっかり忘れていた。性転換室を使うには予約が必要であり、それによって使用タイミングが被ることを避けていたのだった。そして予約をする際には、時間と何号室の使用者かを書く必要があった。あれを見れば、誰がいつ性転換室を使用したのか分かるというわけだ。


「せっかくですし、私もご一緒します。予約表に関しては、少し気になる点もありますので」

「気になる点? よく分からないですけど、一緒に来てくれるなら心強いです」


 現状梓さんも犯人候補の一人ではあるが、個人的にはあまり疑っていない。

 一番まともそうというイメージもあるが、単純に人を殺す動機がなさそうだからだ。人生に不満があってやってきた私や小田巻さんとは違い、未来が広がっている梓さんに人を殺めるメリットがあるようには思えない。


「あれ? そうでもないのか?」

「どうかしましたか?」


 性転換室へ向かう傍ら、ふと漏らした呟きに梓さんが反応する。

 私は彼女の方を向くと、すっかり忘れていた疑問について尋ねた。


「毒田さんの件で有耶無耶になっちゃいましたけど、梓さんはどうして性別を元に戻したんですか? 別に男の姿で問題なかったはずですよね?」


 男となった今の私としては女性梓さんの方が有難いけれど、それはそれとして彼女は家の意向で男になることを決められたのではなかったか。そして実際文句なしの容貌になっていたわけだし、こうして女性に戻る必要はなかったはずだが。

 梓さんは寂しげな笑みを浮かべつつ、「そうですね。男の姿が文句のつけようもなかったからでしょうか」と、謎めいた返事を返してきた。


「文句のつけようがないから元に戻すって、矛盾してませんか?」

「いえ、矛盾はしていませんよ。私が男性になった姿はおそらく両親が期待していた通りの姿。ですからこの館を出る際の私の性別は男性で決定したんです。なのでこの館にいる間くらい、女性の姿でいたいなと、そう思っただけの話です」

「そういうことですか……」

「はい。驚かしてしまい申し訳ありませんでした」

「いやいや、こちらこそ不躾な質問をすみません」


 そんな話をしているうちに、性転換室に到着。

 私たちは早速予約表に目を通した。


「……見る限りでは一号室――毒田さん以外の全員が使用したみたいですね」

「そうですね。ですが、ここに書かれていることが本当かどうかは確認する必要があります」

「確認……ああそっか。予約しないと性転換はさせてもらえないですけど、予約を入れたからといって性転換したとは限りませんもんね」

「それもありますが、誰かが勝手に他人の部屋番号を使用して予約をした可能性もありますから」

「わざわざ他人の部屋番を書く必要は感じないですけど……その場合でも性転換装置は使えるんですかね」

「おそらく使えるでしょう。少なくとも、ここの案内ロボに名前の確認をされた記憶はありませんから」


 百聞は一見に如かず。

 私たちは試しに、亡くなった毒田さんの部屋である一号室を記載し、性転換室に入ってみた。

 部屋にはこれまで同様に三頭身の白い案内ロボが立っていた。

 案内ロボは部屋に入ってきた私たちに目を向けると、『どちらが性転換装置をご使用になるのでしょうか』と尋ねてきた。

 私たちは顔を見合わせ頷いた後、「すみません、間違えました。やっぱり今は使わないで帰ります」と告げ、すぐさま踵を返して部屋を後にした。

 部屋を出て扉を閉める。特に案内ロボが追ってくる様子はなく、そして予約表の予約が取り消されることもなかった。


「これ、結構大事な情報ですよね?」

「そうですね。ただ、性転換をいつ使ったのかと、今回の殺人が上手くリンクするとは限りませんが。そうだ、もう一つ確認が必要でしたね」


 梓さんはタブレットを操作し、色々と弄っていく。しばらくして目的を達成できたのか、タブレットから離れると「ふう」と息を吐いた。


「えと、今のは何を?」

「予約表を修正できるのか試していたんです。ですが杞憂だったみたいですね。一度書き込まれたものは修正できないようになっていました」

「てことは今ここに書かれている時間は間違っていないと」

「そうなりますね。念のためメモをしておきましょう」


 梓さんはどこからかペンとメモ帳を取り出すと、予約表に書かれている時間と部屋番号を書き写した。


一日目

①『5:00~6:10(Ⅷ号室)』

②『8:30~9:40(Ⅱ号室)』

③『10:20~11:30(Ⅶ号室)』

④『13:10~14:20(Ⅵ号室)』

⑤『14:30~15:40(Ⅲ号室)』

⑥『17:10~18:20(Ⅴ号室)』

⑦『20:00~21:10(Ⅳ号室)』


二日目

①『20:00~21:10(Ⅱ号室)』

②『22:15~23:25(Ⅴ号室)』

③『23:59~01:09(Ⅶ号室)』


三日目

①『9:10~10:20(Ⅰ号室。検証のため私たちで登録)』


 書き出してから、梓さんは、


「誰が何号室か分かっていないと分かりづらいですね。水仙さんは誰がどこの部屋か分かりますか?」

「ええと、まず私は六号室で、あと毒田さんが一号室。他は……、馬酔さんが三号室です」

「ふむ。では私の持っている情報と合わせれば誰がどの部屋かは全て埋まりそうですね」


 そう言うと、名前と部屋番号をそれぞれ紐づけていった。


一号室:毒田御神

二号室:鬼灯梓

三号室:馬酔木乃香

四号室:一柳蘭

五号室:小田巻慎吾

六号室:水仙葵

七号室:ヒエン

八号室:?


「おお、よく一柳の部屋番号なんて知ってましたね」

「毒田さんの死体を発見した後、皆さんを呼びに行く際、二度手間にならないよう一柳さんの部屋番号を聞いておいたんです」

「梓さんだってパニックだったでしょうに、凄い冷静ですね」


 ヒエンみたいなのがいるからあまり目立たないが、よく考えると一柳と梓さんの冷静さもちょっと異常に感じる。普通の人が死体を見た後、ここまで冷静に動けるものだろうか。

 懐疑の視線、とまでは言わないが、少し疑惑を含んだ目で彼女を見つめる。

 こちらの視線の意図を汲み取ったのか分からないが、梓さんは困ったような笑みを浮かべた。


「あの時は馬酔さんがあまりにもパニックになっていたので、逆に冷静になれたんです。それに一柳さんもいてくれましたから」

「……まあ梓さんはヒエンにも慣れてましたし、私とは潜り抜けてきた修羅場の数が違うっぽいですからね。経験値の差ってやつですか」

「流石に殺人事件に出くわしたことはありませんよ。まあ、死体は他の人よりも見慣れていたかもしれませんが」


 クスリと、今度は悪戯そうな笑みで私の目を見つめてくる。

 ゾクリと、なんとも形容しがたい感情に襲われ、私はとっさに顔をそらした。


「えと、もう一回まとめますか。これで誰がいつ性転換室を使ったか、今度こそ一目でわかるようになりますし」

「そうですね」


 梓さんは、部屋番号の横にそれぞれの名前を書き添えた。


一日目

①『5:00~6:10(?)』

②『8:30~9:40(鬼灯梓)』

③『10:20~11:30(ヒエン)』

④『13:10~14:20(水仙葵)』

⑤『14:30~15:40(馬酔木乃香)』

⑥『17:10~18:20(小田巻慎吾)』

⑦『20:00~21:10(一柳蘭)』


二日目

①『20:00~21:10(鬼灯梓)』

②『22:15~23:25(小田巻慎吾)』

③『23:59~01:09(ヒエン)』


 私たちはしばらく黙ってメモ帳を眺める。

 ある違和感を覚え、「これ、おかしくないですか?」と梓さんに尋ねた。


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