死体見分
「んじゃまあ早速死体見分から始めちゃおっか」
「勝手に死体に触れていいんですか? 後今更ですけど、なんでそんなに喋り方まで変わってるんですか?」
毒田さんの死体のそばにしゃがみ込み、嬉々とした表情で死体に触れていく。
助手をやるとは言ったが、死体にも血だまりにも触りたくない私は、ヒエンの半歩後ろから彼女の動きを眺める。
ヒエンはポケットに手を突っ込むと、そこから黒いゴム手袋を取り出し投げてきた。
「はいこれ葵っちの分。どうせすぐに警察来られないんだし、手袋付けて多少動かす分には問題ないっしょ。てかむしろ、死体このままにしとく方が腐敗したりしてまずいんじゃん?」
「それはそうかもしれないですけど、うーん」
というかさりげなく手袋を渡されたけど、これは私にも死体を調べろと言っているのだろうか。それはご免被りたいところなのだが。
とはいえ、ただ後ろでぼーっと立っているだけというのもどうかとは思う。取り敢えず死体の周辺に何か落ちてたりしないか、うろうろ見て回ることに。
「で、後は口調だっけ? そりゃこの姿にはこっちの口調の方が似あってるからっしょ!」
そう言って、ヒエンは立ち上がるとその場でくるりと体を回転。さらに手を首に当て、ビシッと謎の決めポーズをした。
「ね! めっちゃ可愛くないあたし! しかもこの顔立ちは清楚系よりギャル系が似合う! 一柳にうざい煽りされ続けたから一回くらい性転換しておこうかと思ってやってみたら、まさかのスーパー美少女に変身しちゃうなんて! 悪を追い詰め正義を貫くスーパー美少女もありだなって、速攻で似合う口調探して今に至ったわけ!」
「はあ、成る程」
認めるのは少し癪だが、確かにヒエンの容姿は悪くない。見た目は活発で健康的な美少女であり、中身を知らなければ無条件で惚れてしまいそうなほどだ。
しかしまあ、ギャルっぽい口調を模索して今に至ったようだが、元が男なこともあり少し違和感があるというか、今風じゃない。今更だが、男女どちらも年齢ごとに喋り方とか話す内容は変わってくる。自分では馴染んでいるつもりでも周りから見たら変に思われてしまうことはあるかもしれない。
もしこれから男として生きていくならそこも注意点だなと、心に留めおいた。
「というかその見た目、ヒエン……さんって何歳なんですか? 男だった時は私と同い年か、もう少し上かなって思いましたけど」
「あたしは十九だよ。世を忍ぶ仮の姿としてだけどピチピチの大学生をやってるよ!」
「へえ、じゃあ私より結構下だったんだ」
「あれ、葵っちこそ私と同い年くらいじゃないの? せいぜい二十か二十一くらいだと思ってたけど」
「ああ、まあそこは乙女の秘密ということで……」
「ふーん、別に年齢なんて隠すような話じゃないと思うけど。まあいっか」
そう言うとこの話題に興味はなくなったのか、ヒエンは死体見分を再開した。
そしてこれもまた今更だが、どうやらヒエンは私のことを女だと思っているようだ。実際最初に食堂で会った際、流れで二言三言話しただけ。名前は一応教えたが、性別に関しては伏せたままだった。
もし男だとばらしたらどんな反応があるのか興味はある。けれどここでは黙っておくほうが得な気がして、誤解を解くことはしなかった。
「首の切断面はかなり綺麗……素人が無理やり切り落としたって感じじゃない。首の残ってる部分にも手形とかはなし、と。……腕や足もこれと言った外傷はなさそうかなー。顎は完全に硬直してるけど手足なんかはまだ柔めだし、死後3~8時間くらいってとこっしょ。血だまりも完全には乾いてないしねー」
手袋をつけているとはいえ、かなり遠慮なしに服をめくったり、体を動かしていくヒエン。これ普通にこいつが犯人だったらがっつり証拠隠滅のチャンスを与えてしまっていることになる。
かといって首の部分とかじっくり見るのごめんだし、というかさっさと離れたい。
やはり私をヒエンの見張り役にしたのは良くなかったんじゃないか。
そう思い内心で梓さんに頭を下げた時、ふと気になる物が視界に映った。
「ねえちょっとその状態で止めってもらっていい」
「お、なんか発見したし?」
仰向けの死体を反転させようと持ち上げた状態で維持してもらう。そして死体の背に隠れていた、一枚の正方形の色紙を、慎重に取り上げた。
「これって……」
「なになに! ちょっとあたしにも見せて!」
死体から雑に手を放し、駆け足でヒエンが寄ってくる。
私たちは一緒に色紙に描かれたマークを見て、どちらともなく呟いた。
「男女記号が合体したマークの中央に、赤い線が引かれてる……」
「トランスフォビック機構、ね」




