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性別転館の殺人  作者: 天草一樹
事件パート:トランスフォビック機構の恐怖と狂気

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『分かりません』

『それで皆さま。私にお聞きしたいこととは一体何でしょうか』

「訓練室で死んでいる男が一体誰で、この中の誰が殺したのかよ」


 訳が分からないながらも、全員でアンの前に集結する。アンがアンドロイドでなく人間であったなら、一体何事かと驚き、緊張の表情を浮かべる場面だろうが、アンドロイドにそんな感情などない。

 まるで私たちが来ることを知っていたかのように、無機質な表情と声で、出迎えた。


『訓練室で男性が死んでいることは、先ほど鬼灯様よりお聞きしました。しかしその死体を私自身見ていないため、それが誰なのかと問われてもお答えいたしかねます。また同様に、殺害犯についてもお答えできません』

「では先に、この館に現在何名の滞在客がいるのか教えていただけませんか?」


 梓さんの問いかけに、アンは『八名です』と機械的に返答した。


「八人……ということは、私たちのほかにももう一人、この館にいるということですね」


 今この場にいるのは全部で六人。そして一人死体となっていることから、あと一人だけ、どこかに潜んでいる(?)ことになる。


「ちょっと待って。その八人の中には、死んでいる人物も含まれているわよね」


 一柳が細かいところを突っ込んで聞く。そんなの当然だろうと思ったが、相手はアンドロイド。話の流れだけで勝手に判断するのは、確かに誤解を生みかねない。

 しかしこれに関しては杞憂だったようで、『三日前よりこの館にお通しした人間の数が八名です。そしてその八名が入館して以降、誰一人館に入った者も出た者もおりません。また、八名のお客様が入館される前から滞在している方もおりません』と、隙のない返事が返ってきた。


「ではここにいない残りの一人は後で探すとして、アンさんにも死体を確認していただけないでしょうか。誰が亡くなっているのかを知るのは、アンさんにとっても必要だと思いますし」

『承知いたしました。それでは、案内を宜しくお願いいたします』


 そう言って頭を下げると、アンは梓さんの背後に回った。RPGの味方キャラ宜しく、真後ろをついていくつもりらしい。

 梓さんを先頭に、ぞろぞろと訓練室に向かい歩き出す。歩き始めてすぐ、小田巻さんがアンに対し「あの、警察って本当に呼べないんですか?」と、なぜか小声で尋ねていた。が、アンからは無情にも『呼べません』との一言が送られた。

 訓練室に着くと、早速アンは死体のそばに近づき、全身をスキャンするように肩からつま先までをじっくりと見つめた。

 当然と言えば当然だが、アンドロイドゆえに死体に対する恐怖や気持ち悪さは感じないようで、表情一つ変えず事務的に観察を行っていく。そしてスキャンが完了したのか、死体から離れ私たちの元に戻り、


『この方は皆さまと同じ滞在者の一人、毒田御神どくだみかみ様です』


 あっさりその人物の名前を口にした。


「その死体には首がないのに、見ただけで誰か判別できたの?」

『私は皆さまの身体構造をインプットしておりますので、体を観察すれば誰なのか判別可能です』


 一柳の疑問に対しても、間髪入れず受け答えする。というか、スキャンしているようだというのは私の思い込みではなく、実際に行っていたようだ。全く、呆れるほど多機能なアンドロイドである。


「随分と素敵な機能をお持ちね。その機能を使って、誰が彼を殺したのかも分からないかしら?」


 さらなる一柳の問いかけ。この場にいる全員がアンの答えに息をのむも、告げられた言葉は『分かりません』の一言だった。


「本当に、分かりませんか?」


 あまりにもあっさりと否定の言葉を吐かれたためか、梓さんが確認するように再度問いかける。しかしアンの答えは変わらず、『分かりません』というものだった。


「てっきり私は、アンさんがこの館におけるすべての人物の行動を監視しているのではと考えていたのですが、違いましたか?」

『はい。残念ながら違います。私にそのような機能はございません』

「……ではせめて、毒田さんがいつごろ訓練室に入られたのか。そして毒田さんが部屋に入って以降訓練室に入った人物が誰かくらいは分かりませんか?」

『誠に残念ながら、どちらもわかりかねます。皆さまもご存じの通り、私はずっと一階のホール中央で待機をしておりましたので。あの位置からでは、訓練室に誰が入ったかを見ることはかないません』

「……見ることはできなくとも、音はしませんでしたか? 深夜に訓練室の扉が開く音がしたなどは? 深夜に誰かが男性棟と女性棟を移動していたとか」

『申し訳ありませんが、分かりません』

「そうですか……」


 機械的に、淡々と否定の言葉を吐くアン。

 梓さんが仕方ないといった様子で引き下がる中、反対に、私は一歩前に踏み出していた。というか、蹴りだしていた。


「いい加減にしろ!」


 性転換装置により男となったことで強化された私の筋力。そこから繰り出す渾身の一撃は、アンの鋼鉄の体の前に、無残にも玉砕した。


「いった……」

『水仙様は何をされているのですか?』


 白々しくも無感情な声を投げかけてくるアンを、私はしゃがんだままキッと睨みつけた。


「あんたさっきから適当に答えてばっかで、ふざけんのもいい加減にしなよ!」

「ちょ、水仙さん落ち着いて。相手はアンドロイドなんだから」

「みんな騙されてるって! こいつは普通のアンドロイドとは違って、かなり感情豊かなの! 皮肉も悪口もバンバン言うし、こんな丁寧語な時点で私たちをからかって遊んでるんだよ!」


 この館における私とアンのやり取りを見ている者がいれば必ず共感する。こいつがアンドロイドとか普通に嘘だろと思うほど、アンは感情表現が豊かだ。人が死に、互いに疑心暗鬼に陥りながらも、この館を熟知しているだろうアンの元へすがりに来た私たちに対し、冷笑の一つもないのがむしろ異常なのだ。

 しかし私の思いはこの場の誰にも通じず、皆可哀そうなものを見るような目で私を見つめてきた。


「人が殺されてパニックになるのは分かりますが、一旦深呼吸して落ち着きましょう」


 そう諭してきたのは梓さん。


「そ、そうですよ。それにこの状況でアンさんが私たちを欺く必要なんてないじゃないですか」


 と、窘めてきたのは小田巻さん。


「このアンドロイドが私たちをからかうようプログラムされていたとでも? 何のために? もう少し常識的な思考を身に着けたほうがいいんじゃない?」


 などと馬鹿にしてきたのは一柳。

 私は拳を強く握りしめることで、怒鳴りつけたい衝動を必死に押し殺す。けれどそんな私の耳に、嘲るような、非難するような声がそこかしこから届いてきて――


『ププッ』


 背後から、不意に笑い声が聞こえた。


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