性転換装置
性転換装置、あるとしたら使ってみたいですか?
男女平等。
そう叫ばれていた時代も、この機械が導入されたことで終焉を迎えた。
今世紀最大の発明。
各国の法律にも多大な影響を与えたその機械は、『性転換装置』という、一晩にして男女の性別を入れ替えることのできる驚異的な道具だった。
男にあって当然のモノがなくなり、代わりに女にあって当然のモノが形作られる。
女にあって当然のモノがなくなり、代わりに男にあって当然のモノが形作られる。
男女が入れ替わる装置ゆえ、これは前提。それだけでなく、人によっては髪が長くなったり禿になったり、身長が伸びたり縮んだり、さらには体格や顔の形まで変わったりと、劇的な変化が起きる。また体の変化に伴い傷跡がなくなったり、遺伝子にも変異を及ぼすため持病が治ったりもする。
さらにさらに、多くの場合性格や能力にまで影響が及ぼされる。
はっきり言って、全くの別人になることのできる装置だった。
この装置が本物かどうか、公表されてしばらくは物議を醸した。
しかし、装置の成功率は百パーセントであるのに加え、性転換するのにかかる時間は僅か一時間と短いものだったため、次々と実際に性別を変更することのできた被験者が現れ、一年も経つ頃には装置の効果を疑う声は消滅してしまった。
代わりに何が起きたかと言えば――まあ長くなるのでここでは止めておこう。
ここで大事なのは、いくつか作られた性転換装置の一つが、日本のとある富豪によって購入されたこと。そしてその富豪が、自分の所有する山奥の館に性別転換装置を設置し、民間に利用の許可を出していることだ。
意外というべきか、そうでもないのか。性転換をしたいという人は大勢いた。大げさでなく全世界の半数以上。そしてその理由は、大きく三つに分けられた。
一、単純に好奇心から男、または女になってみたいという人。
二、純粋にジェンダーの悩みから、性別を変えたいと考えていた人。
三、性別の変更よりも、全く違う自分になれることに期待している人。
また、これ程までに性転換願望の人が現れたのには、他にも簡単な理由がある。というのもこの性転換装置による性転換は、不可逆ではなく可逆的なのだ。つまり、一度性別を変更した後、もう一度性転換装置を使用することで、元の自分に戻ることが可能なのである。
しかも現状の研究では、この装置を使用したことによる副作用などは報告されていない。だからお試しに一回やってみたい、という人が後を絶たなかった。
ついでにだが、性転換の性転換後、さらにもう一度性転換することも可能である。ただし、この時も一度目の性転換時と同じ姿になることが報告されている。
要するに、一人の人間の性転換後の姿も、一つだけということだ。
と、少し話がそれてしまったので改めて言うが、日本には誰でも申し込めば使用することのできる性転換装置がある。これは数年にわたり予約で満たされているのだが、運のいいことに、私こと水仙葵は、そこでの予約合戦を勝ち抜き、明日から性転館装置のある館――通称『性別転館』――へと赴くことが決まっていた。
滞在期間は五日間。この期間は所有者である富豪が独自に設けたものだが、適当につけられたわけではない。
先に説明したように、性転換装置によって性別が変更されるまでにかかる時間はたったの一時間だが、そこからおよそ丸一日は、再び性転換装置を使うことはできない。一日経たずに再度使用すると、体への負荷が大きいのか健康を害し、最悪死に至るとされているからだ。
これを聞くと、今度は本当に一日経っただけで、もう一度性転換装置を利用して問題ないのかと不安に思う人もいるだろう。しかしこれは不思議なことに、十代の子供から九十代の老人まで幅広く臨床試験を重ねた結果、一度として問題は報告されなかったという。
まあここら辺を一素人が疑っても意味はない。
少なくとも事実として、
①性転換装置を二十四時間以内に連続で使用すると重篤な健康被害がある
②二十四時間を過ぎさえすれば、子供から老人まで一切の健康被害なく性転換可能である
この二つが、国際的に認められているのである。
またまた話がそれてしまったが、そんなわけで、性転換装置は一日の間に連続して使用できるわけではないのである。ゆえに例えば、滞在期間を一時間としてしまえば、性転換後の自分が気に入らなかった際、再度性転換をするのが次の予約日までと、かなり先のことになってしまう。かと言って一か月近い期間を設けてしまえば、今度は回転率が下がりいつまで経っても性転換装置を使えない人が現れてしまう。そこでベストな期間を協議した結果、五日という時間設定となったらしい。
さて、ここらで前置きは十分だろう。
いよいよ私は明日、新しい自分に生まれ変わる。
もしかしたらとんでもない不細工になるかもしれないし、逆に超絶イケメンへと生まれ変わるかもしれない。
結果はやってみなければ分からない。ただまあ、別段私は今の姿が嫌いというわけではない。少しばかり不都合がある故、その不都合が解消できるならと思い性転換装置の利用を考えただけだ。だから、もし気に入らなければ今の自分に戻ることに抵抗はない。
うん? 不都合とはいったい何かって?
別に隠すほどのことではないけれど――どうせすぐにわかる。
さてこれから、新しい私に会いに行こう。