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「それじゃあ昊君。今日はウチに泊っていきなさい。その状態だと施設のみんなもビックリしてしまうだろうから……多分、泉が連絡しに行ってると思うよ」
「ただいまぁー」
「お? 帰ってきたな?」
「ねぇーみんなー。ちょっと、手伝ってくれるー?」
「母さん、お帰り……って、どうしたの? この荷物」
玄関へ行くと、泉さんがすごい荷物を抱えて帰ってきた。
「あ、コレ? 昊君の荷物。施設から引き取ってきたの」
「俺の荷物?」
「それにしてもすごい量……コレ重かったんじゃない? 最近母さんあまり調子よくないんだから、無茶しないでよ」
「これくらいヘーキよぉ」
玄関に置かれた荷物は着替えだけではなく、施設に置いておいた俺の私物も一緒だった。
「え……? オバさん……コレ俺の物……ほとんど持ってきてませんか?」
「うん! そう! 昊くんの! 私物あまりなかったから一緒に持って来ちゃった」
「俺の……私物……でも何で?」
「そうよ。とりあえず一泊する分の服があればいいんだし、こんなに持ってくる必要ないでしょ。教科書とか……今、いらなくない?」
「ホラ! 昊くん、そろそろ将来のこと考えないといけないでしょ? 進路次第では施設も卒業になっちゃうじゃない?」
「ええ……まぁ」
「住む所を見つけたりするのも大変だし……だからね、葉月の婚約者になるので早く慣れてほしいから、うちに寝泊まりしてもらいますって言っておいたの。思い立ったが吉日っていうでしょ?」
「そっ……昊とこっ……婚約? はぁぁぁ?」
さすがに葉月も予想外の発言に困惑していた。
「だって、その方が都合いいかなって思ってー」
オバさん……なぜその発想になるんだ?
「母さん……まさか、それで了承してもらってきたの?」
「ええ! 渡瀬家ならいいですねって賛成してくれたわ」
「か……母さん。私たちの意思は?」
泉さんの明るい笑い声が響く中、俺は頭がなかなかついて行かなかった。
「あ、でも昊くんの意思はちゃんと聞くわよ! もしかして特定の好きな子とか、お付き合いしてる人とか……いた?」
今まで人付き合いを避けていたのと、生きることに必死で、そんな人を作る余裕はない。
「……いません」
その前に、泉さんの押しが強くて拒否ができなさそうだった。
「良かった! それじゃ葉月と昊くんは婚約者ってことで決定ね! フリでもよかったんだけど、正式に決めちゃいましょ! ねっ! 葉月」
「母さん……私の意思は? 聞いてくれないの?」
「大丈夫よ葉月。わかってるわ! か・あ・さ・ん・は! ふふ」
「ちょっ……!?」
「どう言うことだよ!」
そこに丁度、弟の弥生が帰宅してきていた。弥生は少し姉離れができておらず、小さい頃から葉月に好意を寄せている者に対して睨みを利かせていたのをよく目にしていた。そんな弥生からすれば、姉の婚約話は信じ難かったのだろう。顎が外れそうなくらい口が開きっぱなしにし、持っていた鞄をその場にボトリと落とし立ち尽くしていた。
「あらぁ、弥生。お帰りー」
「母さん! ね……姉さんが婚約? 何で? どういうこと? それもこの半裸と? こんな変人と?」
弥生は帰ってくるなり、苦虫を噛み潰したような顔をして俺見てきた。
「弥生……久しぶりに会ってそう言うか。まぁ……半裸なのは確かだが……」
「昊! 説明しろ! 何がどうして、こうなった?」
「……めんどくさ……」
あっ……やべ、つい本音が……。
「お前『めんどくさ』ってなんだよ!」
弥生は肩掛けしていたパーカーを掴みゆすってくる。それを止めるように葉月が割って入ってきてくれた。
「あー……弥生? これは決定じゃないから! ねぇ? 昊?」
「俺は……どっちでも……」
正直、俺はいろいろなことが起こり、疲れていたせいもあって、思考が停止していた。
葉月と弥生は固まってしばらく動かなかった。でも、それは本心だった。別に好きな人もいないし、かといって葉月の事も嫌いじゃない。
「どっちでもって……ねぇ、弥生、私……どうとらえたらいいの?」
「……微妙だね。んで? どうして、婚約の話が出たんだよ!」
「婚約の話は、母さんのいつもの暴走よ。弥生にもあとで説明するから……」
葉月が弥生を宥め、やっとこれで少しは落ち着くだろうと思い振り返ると、泉さんがにこやかな表情で立っていた。
「ああ……オバさん。荷物……すみません」
「いいのよぉ、これくらい。でも昊くん。これからはここで一緒に暮らすことになるんだし、わたしのことは『泉』って呼んでね」
「え? あー……はい。わかりました」
「「んなっ」」
葉月と樹さんは、口をあんぐりさせて驚いていた。
「なぁに? 二人とも、そんな口大きく開けちゃって。だって、まだ『お義母さん』って言ってもらうのは、恥ずかしいし……かといって家の中で『オバさん』も嫌だし……」
「母さんの場合、違う理由だろ?」
弥生は冷静だが、葉月は渋面を崩さない。
「あら! さっすが弥生! よく解ってるわね。せっかく若い子に呼んでもらうなら、下の名前で呼んでもらいたいじゃない?」
「母さん……?」
葉月は呆れていたが、となりでずっと腕を組んで、顰めっ面をしていた樹さんが口を開いた。
「……い」
その声に葉月はハッとし、樹さんの前に立ち説得しようとしている。
「と、父さん! 母さんに何か言ってやったら? 何で同級生が母さんを下の名前で呼んでもらわなきゃいけないのよ」
「ずるい! 昊君! 私のことは『樹さん』でどうだろう?」
「ちょっと! 父さんまで?」
「行く行くは葉月と結婚してもらうわけだが……うん、やはりまだ『お義父さん』早いしな! ここでの仕事も覚えてもう上では師弟関係でもあるし……なぁ、どうだろう? 昊君」
「……はぁ」
「なっ! いいだろ? 葉月!」
「もう! 私に同意を求めないで!」
「やっぱり、昊……お前……姉さんと結婚するのか?」
弥生と目を合わせないようにしているのに、痛い視線を感じる。
俺は小さい頃に両親を亡くしたので、こういうやり取りを見るのは、この家族が羨ましくもあるが、同時に微笑ましくもあった。
だが、この時はまだ知る由もなかった。自分の取り巻く環境が変わったように、違う場所でも変わりつつあるということを……。
そして、現在に至る。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
次から第二章が始まります。拙い文章で読みづらいとは思いますが、引き続き読んでいただければ嬉しいです。
どうぞ、よろしくお願いいたします。