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「コウが? 俺の封印を?」
「……ミーティスはあなたに、どう説明したの?」
清香さんは首を傾げながら言った。
「俺の封印を解くには『俺とミーティス、アクアとコウの力が必要』って」
「うん、あながち間違ってはいない。でも、『ドラゴンの涙』コウに使うべきものよ」
頭の中が混乱する。
ミーティスは確かに「俺の封印を解くには他のドラゴンの力が必要」って言っていた。だが、いくつか疑問がある。コウがあの火事の現場にいたところを見ると、たぶん、俺の封印に何かしら関わっているようだ。
だが、そのコウは眠りについている。
ミーティスの言うアクアの力はこの『ドラゴンの涙』のことだろう。だとすると、これを使って眠りから覚まさせるってことなのか?
ミーティスの力がどう必要なのかは……後で問いただすとして、俺の封印なのに、俺の力が必要なのもおかしい。けど、まず解決できそうなことからしていくしかないか。
「いったい、コウに何があったんだ? この間もレイスはコウの魂がいなくなったと言っていた」
「んー……言えることは、コウは心配性だって、ことぐらいかしら?」
「はぁ?」
その時、応接室のドアが勢いよく開けられた。
「あの!」
「あら、さっきの……」
「何だよ、葉月! いきなり開けるなよ!」
「それは……ごめん! えっと、昊の封印のことでお話が……」
「って、おい! 葉月、盗み聞きしてたのか?」
「うん、盗み聞きしてたことも謝る! 守谷さん! 聞いてたこと……申し訳ありません!」
葉月は清香さんに向かって深々と頭を下げた。
「別に聞かれて困るようなことを話していたわけじゃないから、構わないわ。でもどうしたの?」
「あ、えっと、話の中に『昊の封印』って聞こえてきたんですけど……」
「ああ、そのことね」
「それならさっき、清香さんが封印したのはコウだって聞いたけど?」
「え……? ええ!? 昊、聞いちゃったの?」
葉月は目を見開いて驚いた。
「やっぱり。葉月、ミーティスから聞いてたな?」
「う、うん。ミーティスの所に初めて行ったときに聞いて……頼まれてたの。頃合いを見て、話してほしいって……もしかしたら、ショックを受けるかもしれないからって」
「ショック? どういう意味だ?」
「昊の封印は、昊が五歳の時の火事の時に『コウ』がしたらしいの」
「バアルが来たあの時か?」
「うん……昊は目の前で両親を殺されて、それは自分のせいだって責め始めて……火属性の力で自分を……燃やそうとしたんだって」
「え?」
覚えてない。あの時、バアルが来て、確か父さんと母さんが亡くなって……それから?
葉月は声を震わせながら続けた。
「それで……昊の火属性の力を『コウ』自身の中に封印したんだ……って」
「待て……葉月、コウは『俺の力を自分の中に封印した』って、ミーティスが言っていたのか?」
「……うん」
その話を聞いていた清香さんは、口元に手を添え、目を伏せながら静かに言った。
「いくら強い魔物でも、持てる力には限界がある。容量を超えれば、力に乗っ取られて悪意の塊になってしまう……」
葉月は清香さんの言葉に頷きながら、じっと俺を見つめた。
「はい。ミーティスもそう言っていました。だから『コウ』は眠りについた。邪竜になる前に……」
自分に火をつけていたことも驚いたが、それよりコウのとった行動に怒りがわいてきていた。
何で……コウのヤツ……。
葉月は申し訳なく思ったのか、声がだんだん小さくなっていった。
「それでミーティスは、昊がそのことを知ったら、ショックを受けるかもしれないから、言うのを躊躇ったって……」
俺は握っていた拳を自分の太腿に叩きつけた。
「何て馬鹿なことを! アイツだって、他者の力を取り込めばどうなるか、分かっていただろうに」
「でも……それほど、『ソール』の転生はコウにとって嬉しかったのね。自分がどうなろうとも、昊さんが生きていてくれればいいと、火属性の封印を自分自身にしたのよ」
そう言う清香さんの眼差しはやさしかった。
しかしこれは、思ったより厄介なことになった。俺の力を封印したのがコウだとすると眠りについている状態では封印を解くのは難しい。となると、邪竜化したコウから、俺の力を奪い取るのが一番手っ取り早い……。
「コウと戦うことに、なるかもしれない」
「昊……」
葉月は俺の横で心配そうに立っていた。だが、清香さんはそんな俺たちを見て、にこりと笑った。
「昊さん、大丈夫です。今のあなたにはこんなにも頼れる人たちがいるんですから」
「え?」
周りを見渡すと、葉月をはじめ、開け放たれたドアのそばに樹さん、泉さん、弥生が心配そうに立っていた。
「そうよ……昊、いつか言ったよね? できることがあれば手伝うって! もっと、私たちを頼ってよ」
「葉月……」
俺は目を閉じ、大きく深呼吸した。そして、ゆっくり目を開け周りにいるみんなの顔をもう一度見た。みんなやさしい笑顔で俺を見守ってくれている。
正直、今の俺は弱い。でも……今は助けてくれる人たちがいる。孤独だった前世とは違うんだ。
「清香さん、まずは俺の力を取り戻すため、コウに会いに行きます」
「そうですね、そうしてください。きっとあなたの今の決意で、良い方へと進んで行くはずです」
「まぁ、コウやバアルと戦ったところで、勝てる自信はないですけどね」
「勝たなくていいんです。そこに向かっている運命の道をほんの少しずらせればいいんです。あなたにはその力があります」
清香さんはテーブルの上にある『ドラゴンの涙』を俺の前に差し出してきた。
「水竜のみが作り出せる、魔力の結晶……『ドラゴンの涙』。こちらをあなたにお渡しいたします。きっと、役に立つと思います」
俺は差し出された『ドラゴンの涙』を手に持った。とても綺麗な結晶だが、不思議と重く感じた。
「ありがとうございます。あなたの思いを無駄にしないよう、努力します」
清香さんは優しく微笑み、静かに頷いた。
清香さんが帰宅するのを、俺は葉月と一緒に見送ることにした。外はすっかり夕暮れ時になっていた。
「それでは昊さん、こんなお願いしておいておこがましいんだけど、無理はしないでくださいね」
「……はい」
「守谷さんも、お体を大切になさってください」
「ありがとう、葉月さん」
清香さんが玄関を出ようとしたところで、どうしても『アクア』のことが気になって、思わず声をかけた。
「あの、清香さん、一つ聞いてもいいですか?」
「何?」
「前世の時、俺と別れた後、アクアはどうしていたんですか?」
「あら、ソールからそんな言葉が出るとはね」
「いや、封印されたのは知ってましたけど、それまでどうしてたのかなって。今になって、前世の俺って本当に自分勝手だったなって、本当に思えて……アクアは特に振り回してばっかりだったし」
「フフ、本当にソール……あなた、変わったわね」
俺は頭を掻くしかなかった。
「アクアの最後はね、いい出会いがあったのよ。幸せだったわ。それとね、今世でもその縁が続いていて、幸せよ。あなたとの関係は確かに最悪だったけど、恨んではいない。だから、気にしないで」
「そう、でしたか」
清香さんはそう言って、渡瀬家をあとにした。歩いて行った先には、小さな子供を抱っこした男性がいて、その二人と話し始めた。しばらくすると、清香さんは今まで見せたことのない、柔らかい笑顔を浮かべていた。
俺たちが見送っていることに気づいたのか、清香さんは男性と一緒にこちらへ会釈し、小さく手を振って去っていった。
「守谷さん、本当に幸せそうね」
「ああ、そうだな」
俺は静かに胸を撫で下ろした。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。第七章は完となります。
楽しんで頂けてると……いいな。
また、次のお話の準備ができ次第、載せさせていただきます。それまで少しお休みとなります。申し訳ありません。
再開しましたら、またよろしくお願いいたします。