15
俺は恐れている。もしドラゴンに戻ったら、大切なものを失うことになるんじゃないかと――
「ドラゴンは常に狙われる。魔物からも、人間からも」
「……そうね」
清香さんは伏し目がちに静かに頷いた。
「それにドラゴンだった時、俺は人間を殺しすぎた。またドラゴンに戻れば、その因果が周りの人間にまで及んでしまいそうで怖いんだ。あの時と同じように大切な人たちを失うんじゃないかって――」
「だから、ドラゴンにならないために、魔力のコントロールをどうしてもしたい、と?」
「どうして……」
「知っているわ。昊さん……あなたが『ドラゴンの涙』を探し始めることも」
「それじゃ、俺の力が封印されていることも?」
「ええ」
「じゃあ、視えていただろ? 俺が……弱くなったことも! 力を取り戻しても世界を救えるとは到底思えない。どうして俺なんだ?」
「それは……あなたは前世がドラゴンで、力を持っているから」
「それを言うなら、あなただって元・ドラゴン『アクア』だ。あなたにも戦う力はある!」
俺はつい語気が強くなった。前世の呪縛から逃れられないことに、苛立ちを感じていた。すると、清香さんは苦しげな顔をして、俯いた。
「それができていたなら、やっています」
そう言うと、清香さんは着ているシャツのボタンをはずし、胸元を開けた。
「き、清香さん!? 急に何を……って、え?」
清香さんの開けられた胸元を見ると、肌は赤黒く染まり、浮き上がった血管が脈を打っていた。
「それは……」
「私は普通の人間の体に転生しているから、魔力を使うと拒否反応が出て寿命を削る。未来視は夢で見ただけでも魔力を使う。だから、いつまでこの体がもつか分からない」
「そんな……」
前に、バアルは魔眼球が使えているのは「魔物の力に耐えられる体」だと言っていた。もし、清香さんのように普通の人間の体だったら……俺もこうなっていたってことなのか?
思わず鳥肌が立った。
「私は魔力を使えばその分リスクがある。でも、何もしなければみんな死んでしまう。私にも転生して家族がいる。その人たちを守りたいと思うことは、いけないこと? 私も戦えるなら、戦います。でも、この体ではいつ、どうなるかわからない。だから、できる人に頼みに来たの」
「力をもつ者の役目、ということですか?」
「私は大切な人たちが生きる未来を守りたい。ただ、それだけです」
もし、本当に清香さんが言うように「世界が終わる」なら、そんな未来は来てほしくない。だが、今の俺は不安要素しかない。それを分かった上で会いに来た清香さんはかなり切羽詰まっているのだろう。
俺は大きくため息を吐きながら清香さんのほうを見た。俺が頭の中でごちゃごちゃ考えている間も清香さんはまっすぐ背筋を伸ばし、俺をじっと見ていた。
「世界の終わりを止める……か。俺に……できると思いますか?」
「はい」
「どうして、断言ができるんですか?」
「だって……あなたは、最強とうたわれた『赤き竜』でしょう?」
そう、前世の俺の体は赤と言っても少し暗い赤だった。
「最強って言われてたけど、結局、コウには負けたけどな」
「そうね」
清香さんはそう言って優しく微笑むと、ハンドバッグからハンカチを取り出した。それをテーブルの上に広げると手のひらに収まるほどの、しずくの形をした綺麗な結晶が包まれていた。
「これは、もしかして……」
「アクアが最後に流した涙。癒しの涙です。このドラゴンの涙は魔物の体力と魔力を回復させる。ミーティスのもとにいるコウに使ってください」
「コウに? 俺ではなくて?」
「え? ミーティスから聞いていないの? あなたのその封印は、コウがしたものだって……」
「え?」
「……え?」
俺と清香さんは、同時にきょとんとした。