11
イズと話して以来、朝日が昇る前になると目が覚めるようになった。この時間になると、どうも傷が疼くようになり、そのことをナオに知られたくなかった。
それに、魔物は血の匂いに敏感だ。
もしかしたらこの匂いに気付いて寄ってくるかもしれないと思うようになった。
そんなある日。日が昇る前の薄暗い中、何か嫌な気配がこの辺りを覆っているような気がした。見回りのついでに、近くのあの山まで登っていった。
遠くを眺めると大きな鳥のようなものが数匹、飛んでいるのが見えた。
こんな時間に、鷲? 違う、獣の足が見える。あれは魔物……グリフィンだ。
グリフィンを先頭に数匹で飛んでいる。後方にいるのはグリフィンと同じ鷲の頭と翼を持っているが、足が馬のような姿をしていた。どうやらピポグリフも連れてきている。
「魔物の中にあの組み合わせで動いている奴らがいたな……」
その魔物たちが目標を定めると一直線に降下し始めた。
「! まさか!」
その場所はナオたちがいる野営地だった。
「ナオ!」
俺は背筋が凍った。
まさか、俺を追ってきたのか? もしそうなら、俺のせいで……。
ドラゴンの姿ならすぐに野営地に着ける。だが、魔力を温存するには人間のままでいるほうが楽だった。
みんな、無事でいてくれるといいが……。
急いで山を下りる途中、イズに出くわした。
「イズ!?」
「ああ、良かった! ソールさん無事だったのですね!」
「山から魔物が見えた! みんなは?」
「ナオがいち早く気付いて力を使ったのですが、数が多すぎて効かなかったのです。そうこうしているうちに先導している者にナオが捕まってしまって……」
「何だと!?」
「すみません。わたし、何もできず……」
「いや……イズ、お前が無事でよかった。あとは俺が何とかする。お前は安全なところに隠れてろ」
「ダメです! ソールさん! あなたは逃げてください!」
イズは俺の前に立ちはだかり、みんなの所に行かせまいとした。
「何を言っている? 魔物同士の戦いになる。ここの被害は大きくなるから、イズは安全な場所まで逃げるんだ!」
「ソールさん……もう、これ以上、戦わないでください!」
「イズ!」
「そんな身体じゃ、まともに戦えるはずがないんです! わたしたちのことは……もう、いいんです。だから、ソールさんは戦わないでください! ここから逃げてください! お願いです! すぐにこの地を離れてください!」
イズの様子がおかしい……もしかすると。
「イズ、もしかして、グリフィン……あの魔物は、俺を探しているのか?」
「!?」
「ナオは俺たちが使っている言葉をある程度は覚えた。だから魔物の言っている言葉が分かるはず。魔物は俺を探しているから、イズに俺を逃がすように言ったんじゃないか?」
イズは強く首を振った。だが、俺のほうを見ようとしない。その姿は、否定しているようで、否定しきれていないようにも見えた。
「やはり、そうなのだな?」
「ち、違います! 行けば戦うことになるんです! ここで魔物と戦ったら、命を落としかねない……こんなところで死ななくたっていいんです! だから、逃げてください!」
イズは必死に俺の腕を強く掴み離そうとしなかった。
「イズ……その気持ちはありがたく受け取ろう。だが、もし、俺のせいだというのなら、尚更逃げるわけにはいかない」
「ソールさん、お願い! 行ってはダメ! 行かないで!」
俺を掴んでいるイズの手は、小さく震えていた。
「イズ……」
「わたし……わたしは……あなたに!」
イズは涙を流していた。こんな俺のために、行くなと引き止めて。
「イズ、すまない」
俺はイズに「眠りの魔法」をかけた。イズはそのまま俺の腕の中に倒れ、眠りに落ちた。俺はイズを抱きかかえ、できるだけ戦火が届かない場所へと移動させた。
「イズ、お前には感謝しかないな。どうか、生き延びて、幸せに生きてくれ」
眠る彼女の頬に、そっと触れた。