10
その日の夜。
俺は傷の痛みで眠れずにいた。
人間の姿では隠していたが、コウから受けた傷はまだ残っている。以前だったら、魔力で傷跡は残さず綺麗に消えていた。あれから、何か月も経っているのに未だ治らず、魔力の回復が著しく遅くなっていた。まるで、最期の時期が近づいていることを知らせているようだった。
ナオとあとどれくらい一緒にいられるのだろうか……。
みんなが寝ているところで痛がっていては、誰かを起こしてしまうかもしれないと思い、外に出た。野営地の近くに小川が流れている。手でその水を掬い、一口飲んだ。近くの大きな石の上に腰を下ろし、小川に耳を傾けた。せせらぎの音が何とも心地いい。
その日は月もだいぶ欠けていて、辺りは闇に近い。見上げれば満天の星。今までこんなに綺麗なものに囲まれていたとは気づかなかった。
それが、いざ奪われるかと思うと恐怖を感じた。
俺はここにいていいのか? 俺は奪う側だった。奪われる側はこんなにも怯えながら過ごしていたのか?
その時、誰かが近くにいる気配を感じた。
俺が出ていくのに気づいて、ついて来たのか。でもナオではない。すると……?
「そこにいるのは……イズか?」
気配はゆっくりと、俺の背後から近づいてきた。それに合わせて、俺は立ち上がり振り返った。
「……はい。ソールさんが、出ていくのが見えたので、どうしたのかと……」
「……そうか」
「それと、気になることがあったので」
「気になること?」
「もしかして、傷が治りにくくなって、いるのではないですか?」
「へぇー、気づいていたのか? この人間の姿だと分からないようにしたんだけどな」
「はい、見た目では……でも、血の匂いが消えていなかったので」
「そうか」
「あの、違ったらごめんなさい。もしかして……死期が、近いのですか?」
そう言われて、イズのほうを見た。イズはお腹の前で手を組み心配そうに立っている。俺は目線を川のほうに移した。
「うん、たぶんな」
「! そう、ですか」
「ナオには言わないでほしい」
「それはもちろん! わたしもあの子の悲しい顔は見たくないですから……でも、どうにもならないのですか? 治す方法は?」
「あるには……あるが、それはしたくない」
「何故です?」
「人間を……食わなければならない」
「!?」
「今までそうしてきた。そうやって、体や魔力を回復してきた。でも、したくない。もう、それはしないと決めた。それに、俺はこの世に未練はない。だから、自然に身を任せようと思う」
「本当にそれで……いいのですか?」
「ん? うん。本当なら、あそこで……ナオと初めて会ったあの場所で死を待つつもりだった。でも、ナオのおかげでもう少し、生きてみようと思った。知らなかったんだ。この世界はこんなにも優しさにあふれた綺麗な場所だということを」
穏やかに風が吹いている。それまで、風がこんなにも心地いいものだということも知らなかった。
「こんなふうに感じられるようになったのも、ナオたちのおかげなのだな」
「……ソールさん。せめて、祈らせてもらえないでしょうか」
「? 何を?」
イズは目の前に立ち、俯きながら俺の胸の前で両手を重ねた。
「最後の時が来るその日まで、どうか穏やかに過ごせますように……」
その手から魔力が感じられる。だが、俺たちの使う魔力とは異なり、とても温かいものだった。「祈り」が終わってもイズはそのまましばらく動かなかった。すると、イズの顔から何か水のようなものがぽたりと落ちた。
「イズ、俺は魔物で多くの人間を殺めてきた。今更、償えるものではない。だから、俺のために泣くな」
「な、泣いてなど、いません。め、目にゴミが……入っただけです」
イズは顔を上げず、声を震わせながら答えた。
「そうか。ありがとう……イズ」
しばらくすると、空の色が明るくなり、朝日が昇る。それをイズと一緒に眺めていた。