6
葉月は少し驚いて、何か思うところがあったのか考え込んでいた。
「なぜ……ここだと思うの? ああいう場所は、探せばいくらでもあるわ」
「うーん……感覚」
「感覚?」
「あの木……昔はすごく小さかった。あの山も小さな草が生えてるだけでそれ以外、何もなかった。でも最後に見たあそこからの景色、地形、星の位置、あの場所の匂い、憶えてる……昔から変わらないものが見つかっていくにつれて、確かなものになった」
「そっか……感覚か」
葉月は俯き喋らずにいると、また少し考えこみ納得したようだった。
「ねぇ、あの山の頂上に変な石が置いてあるでしょ?」
「ああ……あの『封』って書いてある? あれは塚か何かか?」
「そう、あそこには……ドラゴンの体が眠っていると伝わっているの」
「そうか……やっぱり、あそこに前世の俺の体があるのか」
「でも、殺されたって……? 私たちは封印したって聞いたんだけど……」
「ああ。封印されたな。確かに」
「封印って……死ぬのと違うから、転生できないよね?」
「魂ごと、そこに縛り付けるからな」
「昊が今いるってことは? 転生してるよね?」
「うん。転生してるな」
「なんで?」
「おそらく……」
「おそらく?」
「封印の有効期限が切れたんじゃね?」
「え? 有効期限?」
「まぁ、縛り付けてるものがなくなったから、魂だけ抜け出てこられたんだろうな」
あと、俺が死に際に望んだこともあるんだろうけど……。
「待って……封印に有効期限なんてあるの?」
「んー……確か何年かに一度、術を掛け直さないと復活するな。特に力が強い魔物とかは……」
「え? 復活するの?」
「そりゃあ……まぁ、体に魔力が戻れば……とは言え、封印された時点で復活することは殆ど無理だから死んだも同然」
「じゃあ、私たち何でここに……それも何千年も前から……」
「? 封印が解けたのは俺が生まれる数十年前くらいだとは思うけど……アイツが封印を掛け忘れた? それとも、敢えて掛け直さなかった? アイツの事だから死んでないはず……」
俺を封印したのは夢に出てくるあの二人。一人は、当時の人間たちに『賢者』と称えられ、噂では何らかの術の影響で『不死』になったと聞いていた。少年のほうは、前世の俺と力を分けた兄弟で、人間の姿をしているが実はドラゴン。寿命は人間の何倍もある。
ついこの間まで(と言っても数十年前)封印しに来ていたはずだから、まだ生きているはず。もしかして、何かあったのか?
俺が疑問を口に出していたにもかかわらず、葉月がずいぶん静かなのが気になった。葉月のほうに目をやると、ものすごく落胆していたので声をかけずにはいられなかった。
「なぁ……お前らって、もしかしてアレの監視を任されてたの?」
葉月はもの凄く悔しそうに何回も頷いた。
「ご……ご苦労さま~」
あまりにも見てられなくて、俺は思わず目を逸らしてしまった。
「あんたにとったら、笑いごとでしょうね!」
「笑ってねーよ。まぁ監視対象がいなくなってたら、ショックだよな」
「はぁ……あの山は数千年も昔から私達一族以外、入山するなと言われていたの。あそこにはドラゴンが眠っているからだと……」
「へぇー……なるほどね。それじゃあ確実に俺の体、あそこにあるな」
「そうなるわね。でも、本当にいたのね。あの山にドラゴンが……」
「なんだ? 自分ん家の言い伝え、信じてなかったのか?」
「昊が話してくれるまで半信半疑だったから……」
「まぁ、そうだな。起こったことも何千年も前だ。よくそんな言い伝えが残ってたと思うよ。そうか……お前らのおかげで、まだきれいに残っているんだろうな、俺の体は……転生したから暴かれたのかと思ったけど」
大抵ドラゴンの墓は暴かれてしまって残っていない。ドラゴンの体は余すことなく魔道具等の材料になるため、盗掘されることが多い。今回襲ってきた男もそれが目的の一つのようだった。
「そうね。昔から、今日みたいな輩は結構来てたみたい。でも、私たちの目を掻い潜ってあそこに辿り着いても封印の効果なのか、触れようとすると焼け死んだって聞いてるわ」
「たぶん、それ……あの体に残る魔力のせいもあるかもしれない」
「どういうこと?」
「魔物の魔力には瘴気が混じっている。下位クラスの魔物なら影響は殆どないが、自慢じゃないが前世の俺は上位クラスだったんだ。普通の人間が近づけば、瘴気に当てられて命を落とすこともある」
「え? でも、私たちが平気なのは?」
「人間になってわかったんだけど、異能者は少しの瘴気だったら無意識に防御する。それに、葉月たちは訓練してるからある程度は耐えられる」
「そっか……だから『関係者以外立ち入り禁止』か! 納得! 納得!」
それにしても……ずいぶん、おおざっぱな言い伝えの仕方だな。
「まぁ、俺もずっと気になってたことだからスッキリしたよ……あそこに行くと妙に落ち着くから……ん? これは喜ぶべきか? どうなんだ?」
「何か複雑ね。でも、あそこに行けば魔力が安定するのであれば、良いことなんじゃない? あ……でも待って、まさか……」
葉月は険しい顔で俺を睨んできた。
「まさか、何だよ」
「埋まってる体。復活しないよね? あ! もしかして、これから復活させるとかじゃないよね?」
「はぁ?」
「あの男も言ってたじゃない。昊の眼は『魔眼球』だって!」
「ああ……その『魔眼球』ってなんだ?」
葉月は、しばらく目を見開いたまま静止していた。
「え? あなた元ドラゴンなのに知らないの?」
「そんな全部知るかよ。魔物のときは、眼によく魔力を溜めてたけど、俺が前に生きてた時はそんな名前、付いてなかったぞ? 人間たちが勝手に言い始めたんだろ?」
「まぁ……確かにそうかも。んーと、説明するとね。『魔眼球』は、自分の魔力を溜めることができたり、物の性質を見抜いたりできる魔道具よ」
葉月の説明では、『魔眼球』とは魔物の目玉。上位クラスの魔物のもの程、魔力を蓄えることができるという。今では殆ど討伐され、魔物の多くがこの世界におらず、居たとしても異界に逃げ遅れた、力の弱いものしかいないらしい。魔道具にされた『魔眼球』の多くは、昔から家に伝わる物か魔道具オークションや闇ルートへの流出以外、目にすることはない。その為、あの山に眠っているドラゴンの遺体は貴重なものとなり、今までもよく狙われてきたらしい。
「つまり、俺が元の体に溜めてた魔力を与えて、復活させるんじゃないかと疑ってるわけか……」
「そうじゃないけど、今まであそこに埋まっていて誰にも掘り返されたことがないのよ? 魔眼球だってそのまま残ってるはずでしょ?」
「それだけなら、動くことはないだろ」
いきなり後ろから声がしたので、心臓が止まるかと思うくらい驚いた。振り返ると、現場処理を終えて帰ってきた樹さんだった。
「父さんお帰り。ずいぶん早く終わったのね」
「あの男が大人しく拘束されていたからな。特殊警察に引き渡すのも楽だった」
「特殊警察? ってなんだ?」
「今回みたいな、異能が関わった事件を担当するの。あまり表立って活動しないから、普通は知られていないけどね」
「へー……」
「それで? 父さん、さっきの話。動くことはないって……」
「ああ、あそこにある遺体は、封印されたものだから自らは動かない。ただ……」
「ただ?」
「誰かが操れば、別だがな……」
樹さんは、何か悪巧みを考えていそうな表情だった。俺と葉月は何も言えなかった。