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季節が変わり、ナオたちは再び移動し、しばらく滞在する場所を決めた。
ナオたちが野営地に決めた場所の近くに、さほど高くない山が見える。俺は久しぶりにドラゴンの姿でその周囲を飛んでみたくなり、ナオたちと離れ、山の頂上を目指した。
なだらかな傾斜、火山灰が降った後なのか大きな植物も根付いておらず、草だけが生えていた。山頂は平らで広かった。
俺はドラゴンの姿に戻り、大きく息を吸った。小高いおかげで、この辺りが一望できる。この地では、今のところ魔物に出会っていない。戦いのない世界が、あるとは思わなかった。
「ここは……まるで別世界だな」
ふと、山の麓のほうから、俺を呼ぶ声がする。声がするほうを見るとナオが山を駆け上がってきていた。
「ソール! 待って! どこに行くつもり?」
「ナオ?」
ナオは必死に走ってきていた。なにか焦っている。息を切らせながら、俺にしがみつき、行かせまいとした。
「どうした? ナオ?」
「ソール! 一緒にいるって……言ったのに!」
「? うん? 俺はナオといるぞ?」
「じゃあ、何で、その姿に? どこかに行く気なんでしょ? わざわざドラゴンの姿になって、どこに行くの?」
ああ、ナオは俺がここを離れると思ったのか。それで――
「ナオ、俺はどこにも行かない。ナオのそばにいる。ただ、今日は天気もいいし、気分がいいから、久々に空を飛んでみたくなっただけだ」
「本当? 本当にどこにも……行かない?」
「ああ、行かない」
しがみついたナオの表情は暗く、今にも泣き出しそうだった。
何故そんな顔をするんだ? そんなに不安にさせてしまったのか?
「そうだ、ナオ。俺の背中に乗ってみるか?」
「え?」
ナオは泣きそうだった顔をあげ、きょとんとしている。
「ただ、俺は人間を乗せたことがないから、飛ぶときの加減が分からない。それでも、乗ってみるか?」
「うん!」
ナオは気持ちのいい返事と、笑顔を見せてくれた。
ナオを乗せ、ゆっくりと山を飛び立つ。野営地のあたりを旋回した。
「ナオ、ゆっくり飛んでいるが、大丈夫か?」
「うん! 大丈夫だよ! すごいね! 空を飛ぶってこんな感じなんだ! あ、見て、ソールと会ったのはあの辺りだよね?」
「ああ、そうだな」
ナオが楽しそうにしているのを見ると、何故だか気持ちが高鳴った。こんなにも気持ちいい時が来るとは思ってもみなかった。
しばらく周回し、また山の頂上へ降り立った。すると、山頂の片隅に、か細く生えた植物があった。ナオはその植物に近づき、何故かうれしそうに眺めていた。
「ねぇ、ソール。コレ、小さいけど木だよ」
「木? あの果物がなる木か?」
「あはは、残念。この木は、果物はならないね」
「そうなのか」
「でも、この木はすごく大きくなるよ。木はすごく長生きなんだ」
「そうなのか、俺たち魔物とどちらが長生きだろうな」
「そうだね。いいなぁ、ソールはこの木の成長を見守れるんだね」
「実がならない木なんか見守ったって、面白くないだろ?」
「あはは、ソールって、意外と果物好きだよね」
「うん? そうだな。ナオが最初に食べさせてくれたモモが一番うまかったな」
ナオが横で笑っている。それが何だか嬉しく思えた。そう思えたのはいつぶりだろうか。
このまま時が止まればいい――
そんなふうに思うのは初めてだった。