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ナオたちは狩場から食べ物がなくなれば、また違う場所へと流れていく。時々定住して暮らしている者や、同じように移住生活をしている者たちと出会うことがあった。普通なら縄張り争いとなりそうなところをナオたちは争うこともなく、情報や衣類、食べ物を交換し合っていた。
狩りに出られない雨の日、ナオとイズが目を閉じ、それぞれ白い布に両手を重ねていた。その手から魔力が感じられた。
「イズ、何をしているのだ?」
「これですか? 『祈り』を込めているんです」
「祈り?」
「こういった布は貴重で、こうすると丈夫になるのです。わたしたちが張っている天幕も布でしょう?」
「そうだな」
「この天幕の布も、こうして『祈り』を込めたものです。そうすると、ちょっとやそっとの風では破れず、雨漏りもしないのです」
「ふむ、なるほど……確かに、この布から水は垂れてこないな」
イズが言う「祈り」は、俺からすれば強化魔法だった。たまにそうした布は戦場で見かけることがあった。俺たちの炎で燃えず、人間たちの身を守り、更には瘴気も浄化していた。
イズが「祈り」を込めているという布はそれに似ている。イズ自身は気づいていないようだが、これはかなり強固で強力な魔法だ。たぶん、あの戦場で見られた布はこの者たちが作ったものだったのだろう。
「そういえば、この間会った部族とも同じような布を交換していたが、ただの布と、その『祈り』を込めた布と交換してあげているのか?」
「ええ。わたしたちが『祈り』を込めた布は長持ちすると評判なのですよ」
「なるほど……それで、か」
あの戦場で見かけた布は、イズたちがこうして魔法をかけたものだったのか。
「どうか、なさいましたか?」
「いや、何でもない」
しかし、不思議だった。確か人間は魔法を使うとき呪文のようなものを言っていた気がした。でも、イズもナオも何かを言っている様子はない。そう言えば、イズが『かつて魔物と生きた部族』と言っていたが何か関係があるのだろうか。
俺が悩んでいる横でイズが何故かクスクス笑い始めた。
「それにしても、不思議なものですね」
「? 何がだ?」
「その姿はナオの兄なのですが、性格が違うと、こうも雰囲気が違うものなのかと、思いまして」
「そんなに違うのか?」
「ナオの兄は……何というか、明るくて、しつこくて、うざい……」
「イズ……褒めているのは一個くらいしかないように思えるのだが?」
「あ、あら?」
「それも、ナオがいる前で、よく言えるな」
すると、イズの横にいたナオが「ぷっ」と吹き出し笑い出した。
「あはは! 確かに! イズさんにとってはそうだったかもね?」
「ナオ、それはどういうことだ?」
「兄ちゃん、イズさんに求婚しまくってたからさ」
「ほほぅ……イズ、そうなのか?」
「あ……は、はい」
「何故、断ったのだ?」
「ちょっと、苦手……だったのです。わたしはどちらかというと、落ち着いた感じの方が好みで……」
「ナオの兄というのは、そんなに落ち着きがなかったのか?」
「んー……兄ちゃん、何かあると『どんちゃん騒ぎ』しちゃう人で、何でも『祭りだー』って始めちゃうんだ」
「そういう、人間なのか」
「だから、不思議で……見た目はそのままなのに、中身が違うと……」
イズは俺と目が合うと、何故か顔が赤くなった。
「? どうした、イズ」
「イズさん? 何か顔赤いよ?」
「え? え?」
顔が赤くなって慌てるイズの横で、ナオは「ふーん」と言ってニヤニヤしていた。