7
人の姿になり、ナオたちと行動を共にすることにした。洞穴を出て、久しぶりに日の光を浴びた。目の前の木々は緑が生い茂り、光を受けてキラキラと揺れている。世界がこんなにも輝いていたとは気づきもしなかった。
「ソール! こっちだよ!」
ナオは先頭を切って手招きをしながら走り出した。それに続いて、一緒に来ていた大人たちも穏やかな顔で歩いていた。
「まだ不安ですか? 大丈夫です。ナオの力は本物ですよ」
イズは俺を気遣いながら、寄り添って歩いてくれた。確かに瘴気のことは不安がないわけではなかった。だが、不安なのはそれだけではなかった。
魔物が人間と一緒にいていいものなのか。更に、俺は追われる身。いつ、襲われてもおかしくない。ここの人間たちとは親しくしないほうがいい。いつでも離れられるようにしておこう。
俺のせいで、こんな綺麗な場所が荒らされるのは申し訳なく思えた。
そんな心配をよそに、みんな楽しそうに笑っていた。
俺がいた洞穴の近くに川が流れており、しばらく川沿いを歩くと開けた場所に出た。ナオたちはそこに布や動物の皮で天幕を張り、狩りをしながら日々を過ごしていた。
ナオはいつも明るく接してくれた。時には一緒に狩りに行き、時には遊び、襲いかかってきた獣を一緒に追い払った。その上、ナオは俺たちの使っている言葉も覚えたいと言って、いろいろ質問してきた。
穏やかで、静かな日々が続いていた。今まで生きてきて、自分にこんな日が来るとは、夢にも思わなかった。
ナオたちはそれぞれ、役割を決め、生活している。俺とナオは森や川に入って、食料の調達係になった。
「ナオ、ここに来て最初に食べた果物が食べたいのだが、この辺りにはないのか?」
「ああ、モモだね? えっとね……あ、この木に実がなっているよ。ほら、あそこ!」
ナオが指さす方を見ると大きなモモがたくさん実っていた。
「モモ、というのか……」
俺は実をいくつかもいで、その場でがぶりと食べた。
うん、この味だ。
「僕もここに来て初めて食べたけど、おいしいよね?」
「ふむ、悪くない」
「あはは、ソールは素直じゃないなぁ」
人間の食べ物など、それまでまともに食べたことがなかった。魔物だからと言って必ずしも人間を食べなければいけないという事でもなかった。ただ、強くなりたい、それだけのために人間を襲っていた。
ナオに助けられた今なら、コウが怒っていた理由がようやく分かった。人間の中にも魔物のことを理解しようとする者がいる。だが、みんながみんなナオのような人間ではない。魔物を恐れて敵対する人間だっている。それに、俺は多くの人間を殺めてきた。恨む奴らもいるだろう。
俺は多くの人間を殺してきたという罪悪感が募っていった。
ナオたちと行動を共にし始め、数日たったある日。
俺が姿を借りている、ナオの兄のことが気になった。
「ナオ……この姿はお前の兄だと聞いたのだが」
「うん、そうだよ?」
「その……亡くなっている……と」
「……うん」
「何故、亡くなったのか聞いても、良いか?」
聞いておかなければならないと思った。この兄の姿は自然死するにはまだ若い。もしかしたら、魔物に殺されたのではないかと、ずっと思っていた。
魔物に殺されたのであれば、俺は仇になる。この姿でいるのはナオにとっては酷だ。
「……殺されたんだ」
ナオの表情は暗く、感情がここにないように見えた。俺は心臓に何か刺さるような気がした。
「こ、殺された? 魔物にか?」
「ううん、人に、だよ」
「人間?」
少し、ほっとしてしまった。だが、まさか人間に?
「兄ちゃんも、僕と同じ力を持っていたんだ。それも、僕なんかよりも、ずっとすごかった」
「そうだったのか?」
「僕は魔物一体に、力を使うのが精一杯なんだ。今まで、小さな魔物は成功してたけど、実は大きい魔物で成功したのは、ソールが初めてなんだよ。兄ちゃんはね、魔物の大群でもみんな浄化しちゃうんだ。でも、それをよく思わない人たちもいるんだよ。魔物と仲良くすることなんかできないって」
「まぁ、そうだろうな」
「兄ちゃん、浄化して穏やかになった魔物をよく世話していてね。でも、他の部族の人に『魔物に惑わされているんだ』って、悪者扱いされて……」
「それで、人間に?」
「うん……兄ちゃんは魔物を浄化して周れば、人間を襲わなくなって、仲良くなれるんじゃないかって……それで、旅を始めたんだ」
「それで、他の部族といさかいになったのか?」
「うん……いくら力を使って証明してみせても信じてもらえなくて……今、一緒に旅をしている人たちは、兄ちゃんのことを理解している人たちなんだ。だから、ここのみんなはソールのことも受け入れてくれてる」
「しかし、ここより西では人間と魔物が戦っているのも事実。確かにお前の兄は軽率だったかもしれない。しかし、まさか……」
「うん、そうだね。だから知ってる。怖いのは魔物だけじゃない、人間の中にも沢山いる。でも、僕、いつか魔物も人間も仲良くなれる日が来ることを祈ってるんだ。僕とソールみたいにね」
ナオは少し、寂しそうに笑っていた。