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ナオは、本当によく喋ってくれた。そのうち、俺もナオたちの言葉を覚え、だいぶ話せるようになっていった。
「そっか、ソールは西の大陸から来たんだね。噂では聞いていたよ。魔物と人間が戦争をしているって」
「だがそれも、もう終わる。魔物は人間たちに負けたのだからな」
「ソールはこれからどうするの?」
「俺は……ナオに出会わなければ、ここが俺の最後の地になるはずだったんだが」
「え? それって、僕と出会って、気が変わったって……こと?」
「そうだな。こんなにも穏やかな気持ちになるとは思ってもいなかった。ナオの力は本物らしいな」
「えへへ、良かった。じゃあ、これからも一緒にいてくれるんだね」
「いや、これ以上ナオに迷惑はかけられない。俺はもう少し動けるようになったら、ここを離れるつもりだ。いつ追手が来るか分からないからな」
「え? やだよ? 一緒にいてよ」
「それはできない。それに……俺は人間を殺しすぎた」
「でも、今は人間を食べようとは思っていないんでしょう?」
「そうだが……」
「それを悔いているのなら、ソールは大丈夫! やり直すことができるよ」
「しかし……」
「それにね、実はソールのことはもうみんなに話してあるんだ! だから、ソール! 動けるようになったら、僕らの野営地に来てほしい。みんな歓迎してくれるよ?」
「いや、それは無理だ」
「そんなこと言わないでよ。それにね、そろそろソールも動ける頃だと思って、実はみんなにここまで来てもらっているんだ! この入口のところにいるよ!」
「何ぃ?」
ナオがそう言うと、部族の大人たちが数人、洞穴の入口のところで顔を出した。俺は呆気にとられていると、ナオがその大人たちの中にいる十代後半くらいの女性のところに駆け寄っていった。二人が話し終えると女性が俺に近づき、お辞儀をして俺の前にそっと近づき、膝をついた。
「はじめまして……わたしはこの部族のまとめ役、イズと申します。あなたのことはナオから聞いています。わたしたちはかつて魔物と共に生きてきた部族の末裔。あなたを歓迎します」
「……俺はソールという。見ての通りドラゴン族だ。ナオのおかげで、傷はだいぶ癒えた。ナオには感謝している。しかし、野営地に降りるのは無理だ。それに俺は人間の体には毒となる瘴気を纏っている」
「そのことなら心配はございません。ナオが説明しているかと思いますが、この子と一緒にいればその瘴気は浄化されるでしょう」
「そ、そうかもしれないが、この姿では……」
「その竜の姿では、降りたくないという事でしょうか?」
「そうだ」
「そうですか……しかし、おかしいですね。魔力の力が強い魔物は人の姿に化けると聞きますが、ソールさんはできないのですか?」
「う……まぁ、できることは、できるが」
俺が今まで人の姿にならなかったのは、気位が許さなかったからだ。
「じゃあ、問題ないですね。うん、姿を変えられるのであれば問題ない! さぁ、お支度を! みんなも待っておりますので」
そういうと、イズはナオに綺麗な布を渡し、大人たちと洞穴の外に出て行ってしまった。
「ナオ……あの娘は押しがすごいな」
「あははは」
ナオは困ったように笑っていた。
「ナオ、その布は?」
「人間になった時のための服だよ。ソールに着てもらうためにイズさんが持ってきてくれたんだよ」
「そうか……だが、その布は必要ない。魔力で服も作れるからな」
「ええ? そうなの? 便利だね」
「ふむ、人の姿か……」
「魔物が人の姿になるときは、印象に残った人になることが多いって聞いたけど、ソールは誰?」
浮かんだのはあの賢者の男しか思いつかなかった。因縁の相手。あの男の姿には死んでもなりたくなかった。
「俺はずっと人間たちと戦ってきた。あまり……印象に残る者など、いない」
「あ、そっか……そうだよね」
ナオは申し訳なさそうにしてしょんぼりしてしまった。
「ナオ、俺の額にナオの額を当ててくれないか?」
「何をするの?」
「ナオの中にいる人間から姿を借りる。ナオの中で最も印象に残っている人間に姿を変えよう」
「そんなことができるの? すごいね!」
ナオの表情は一転し、明るい顔になった。
ナオが俺の額に頭をつける。柔らかな光が俺たちを包み込み、俺の体が大きく脈を打った。それと同時に、自分の体が変化していくのがはっきりと分かる。光が収まると、俺の姿は十代後半くらいの男性へと変わっていた。
「うん、まあ、こんなもんだろう。ナオ、どうだろうか?」
ナオは、俺の姿を見るなり目を見開き、今にも泣きそうな顔をしていた。
「ナオ? 何故、泣きそうな顔をしているのだ? この姿が嫌なら別の――」
「だめ! 変えないで!」
「し、しかし……不快なのだろう?」
「違う! むしろ逆! それでいい! それがいい! ソール……その姿でいてよ! ね?」
ナオは目に涙を浮かべ、俺にしがみつき懇願してきた。
「ナオが……いいのなら」
そこへ、イズが様子を見に洞穴の中へ入ってきた。
「ソールさん、準備は……そ、その姿」
イズもこの姿を見るなり驚いていた。
「イズさん! いいよね? ソールのこの姿! ねぇ? いいでしょ?」
「そうね。ナオがいいのなら……」
「うん! みんなに話してくるね!」
ナオは笑いながら、今にも泣きそうな顔でみんなの元へ走っていった。だが、イズも少し表情が暗い。
「イズ……お前も何だか複雑な顔をしているぞ? 不快ならやはり……」
「いえ! 不快では……」
「この姿は……誰なのだ?」
「ナオの兄です。少し前に……亡くなりましたけれど……」
「何だと? 亡くなった? だから、ナオは……」
あんな、泣きそうな顔をしていたのか……。
「イズ、やはり俺はこの姿でいないほうが――」
「いえ、いいのです! ナオがその姿を望んでいるのなら、その姿でいてやってください。お願いします」
イズも何故だか、必死だった。
「……分かった。この姿でいよう」