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それから数日後。
学校のテスト期間が終わったこの日、大神に「遊びに行きたい」と誘われて、少しだけ付き合った。それでも、帰宅時間はいつもより早い。お互い、いつもと違う時間のはずなのに、渡瀬家の近くの交差点で葉月に出くわした。
「あれ? 昊、テスト明けだよね? もう少し早く帰るのかと思ってた」
「あー……まあ、大神にちょっと、付き合わされた。ついでに買いたいものもあったし」
「大神君? まだつるんでるのね」
葉月は露骨に嫌な顔をした。
「葉月は大神のこと、嫌いなのか?」
「……昊の友人に文句つけるのは気が引けるけど、はっきり言って嫌いよ」
「へぇー、そうだったのか。いい奴なんだけどな」
「昊にとってはね! 私にとっては嫌いな存在よ」
「何か、されたのか?」
「ほら、前にも話してたでしょ? 『幽霊屋敷』の話。あの後、クラスが別になるまで、ずっとあの時のことイジってきたんだから! あー腹立つ!」
「あー……そういえば、そんなことしてたな」
「あの男! 今でも許せないわ!」
「今はそういうこと、言わなくなったけどな」
「当たり前よ! いつまでも子供じゃない……あれ? 昊、スーパー寄ってきたの?」
葉月は俺が手にしている買い物袋が目に入ったらしく、中身を覗き込んできた。
「ああこれ? 冷凍パイシートと生クリーム。明日は俺、夕飯の当番だろ? ほうれん草とベーコンがあるから『キッシュ』を作ろうと思って」
「え? 『キッシュ』? わぁ! 楽しみ! って、なんか昊、随分料理が上手くなってない? まさか、フランスの家庭料理までできるようになってるなんて」
「そんなことねーよ。俺なんてまだまだ……ていうか、泉さんが教えるの、うまいんだよ。褒め上手でさ」
「それは言えてるかも。導師の修行の時はすっごい厳しいけどね」
たわいもない話をしながら玄関に入ると、見知らぬ女性物の靴が置いてあった。
依頼者かな?
しかしその後、俺は何故だか懐かしい感じを思い浮かべた。
ん? この感じ……知ってる。
その時、応接室から一人の女性が出てきた。
「では、ご連絡、お待ちしております」
「「あ」」
そう言って出てきた女性の顔を俺は凝視した。初めて会うのに何故か懐かしい。見た目はとても落ち着いた感じの綺麗な人、そんなイメージだった。ただ、その人の目には生気はなかった。
お互い、何故だか目を離せない。しばらく、見つめ合っていた。
「あれ? 昊君、帰ってきたんだね」
樹さんのその言葉にはっとし、俺はすぐに道を譲ろうと、その場を避けた。すると女性は樹さんのほうへ振り向いた。
「あの……渡瀬さん……すみません。先程の依頼、キャンセルさせていただけませんか?」
「え? 探し人の件ですか?」
「はい……今、見つかりましたので」
「え? 見つかった……って? もしかして」
「はい。今、目の前にいるこの子が、そうです」
「昊君……だったのですか?」
女性はそう答えると俺の方をもう一度見てきた。
「私は守谷清香と言います。あなたのお名前を聞いていいですか?」
「え? あ、はい。俺は真空寺昊……です」
俺は何故か何の疑いもせず、答えていた。というか、話さなければいけない気がしていた。
「昊さん、というのですね。二人で話したいのだけれど、お時間はありますか?」
「……はい」
「それなら、守谷さん。ここを使いますか? 我々は出ていきますので」
「いいのですか?」
「ええ、構いません」
「では、お言葉に甘えさせていただきますね」
この人からは嫌な感じはしない。でも、何故か胸がドキドキしている。何かに焦っているような、そんな感じがする。
清香さんとはテーブルを挟んで対面に座った。すると、葉月がお茶を俺たちの前に置くと、何故か心配そうに俺のほうを見てきた。
「葉月?」
「あ、し、失礼しました」
葉月は一礼すると、顔を赤くして恥ずかしそうに出て行ってしまった。
何だったんだろう?
「さっきの子……とてもかわいらしいわね」
「え? ああ、はぁ……」
清香さんは出されたお茶を一口すすり、それを茶托に置くと、視線を逸らさず、こちらを見つめてきた。
「あの、俺に何の用ですか?」
すると、清香さんは口元だけニコリと笑い〈この言葉は分かる?〉と、古代のあの言葉で言ってきた。
俺はその言葉に息を吞んだ。
また、あの時代に使われていた言葉だ。この人は転生者で前世はあの時代にいた人だ。
〈分かる。あなたは何者ですか?〉
「やっぱり、あなたは前世の記憶を持っているのね」
「え? ああ、はい」
「あなたの前世はドラゴン族。『ソール』でしょう?」
「!? 何故、その名前を? あなたはいったい」
「私は前世であなたと同じドラゴン族だった『アクア』よ」
「え、ええ!?」
「久しぶりだね、ソール」