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結局、レイスは「会わなければならない者がいる」と言って、ここにはとどまることはできないらしい。
まぁ、いてもらってもイライラするだけだから、いないほうがいいんだけど。
レイスがここを発つというので、渡瀬家のみんなは玄関先で見送ることにした。俺は別に見送りなんかしたくなかったが、葉月に無理やりレイスの前に押し出された。
「じゃあな、昊よ。ちょっと儂はここを離れねばならぬ。儂がいなくて寂しいと思うが、静かに待っておるのだぞ」
「誰が寂しがるかって……」
「さ・び・し・い・であろう?」
レイスはずいっと顔を近づけてきて「寂しい」と言わせるため、圧をかけてきた。
「……ハイ、サビシイデス」
それを聞いたレイスは俺の言葉に満足したようで、にんまりと笑って見せた。
本当に面倒くさい奴だな。
「うむうむ。すまぬな、葉月殿。こんな奴だが世話してやってくれ」
「ふふふ、はい、レイス様」
葉月のほうに目をやると、またクスクスと笑っていた。
「早く行けよ! てか、二度と来るな!」
「昊、分かっておるぞ。そう言って強がっていることぐらい」
「強がってねぇ!」
何でレイスはいつもポジティブに捉えられるんだ?
「おっと、そうだ。昊、お主にこれをわたしておこう」
レイスが手渡してきたのは、手のひらより大きい魔物の牙のようなものだった。
「? これは?」
「これはお主の前世、ドラゴンの牙だ。この間、お主が倒したボーンドラゴンから、拾っておいたのだ」
ボーンドラゴンはあの後、樹さんたちが粉々にして、そのまま地面に埋めたらしい。
「い、いつの間に……でもこれ、持ってて、どうするんだ? でかいし邪魔なんだけど」
「ん? 記念に? ソールが生きていた証」
「なら、いらねー」
「まぁ、そう言わず、とっておくがよい。ドラゴンの牙は、今では貴重なのだぞ。武器にもなるしな」
「そうは言っても……牙だしな。それも、元・自分の」
「まぁ昊君、持っていてもいいんじゃないか? 今後、何かの役に立つかもしれないし。私だったら、加工して取っておくが?」
「うーん、そうですか……分かりました。樹さんがそう言うなら」
「うう、樹殿の言うことは素直に聞くのだな……儂の言葉は聞かぬのに」
「だって、レイスの言うことだし」
すると、レイスは大きくため息を吐いた。
「はぁ、儂はこんなにも昊のことを好いておるのに」
「き、気持ち悪いこと言うなよ」
「うう……樹殿、何かあればすぐに連絡をくれるか」
「ああ、はい。わかりました」
「ではな」
レイスは笑顔で手を振り、裏山のほうへ歩いて行った。
レイスの姿が見えなくなって家に入ろうとしたところで弥生が話しかけてきた。
「なぁ、昊。レイス様って世界中を回っているんだよね? 歩きで?」
「いや……アイツ、空飛べるんだぜ」
「「え?」」
それを横で聞いていた葉月も弥生と一緒に驚いた。
「ああ……丁度、ほら――」
俺は山のほうを指した。
「「えーー!?」」
指したほうを見ると、片手に杖を持ったレイスの姿が見えた。レイスは俺たちが見ていることに気が付いたのか、手を振った。
「ほ、ほんとだわ!」
「すっげぇ! マジで空を飛べるんだ!」
「レイスは杖を持っていれば飛べるみたいだな。コウがいればよく背中に乗ってるのを見たけど」
「ド、ドラゴンの背中? 乗れるの?」
弥生はキラキラした目で俺を見てきた。そんな弥生に「俺は無理だぞ」と言うと、「ちぇっ」と口を尖らせた。
「昔は、杖とか箒みたいな棒状のものに乗ってる人をよく見かけたけど……今は、もう乗らないんだな」
「そう言えば……そうね。でも、空を飛ぶ魔法なんて、知らないわ」
「羨ましいよね~」
そこへ、樹さんが腕を組みながら寄ってきた。
「あの、樹さん、今は空を飛ぶ魔法は無いんですか?」
「ああ、あるにはあるんだけど、今の人は魔力が弱くて使えないんだよ。空を飛ぶのは結構大変なんだ。昔の人のほうが、魔力が強かったからね」
「え? じゃあ、魔力が強かったら、私たちも空、飛べるの?」
「うん、でも、すごい難しいよ。私も昔、やったことあるけど」
葉月は呆れた顔をしながら尋ねた。
「父さん……やったことあるんだ」
「あははははははははは……まぁね」
樹さんは恥ずかしそうに頭を掻いた。