5
昔から何回か葉月の家に上がらせてもらっているが、なぜか居心地がいい。
「見た感じ、皮膚はだいぶ再生してきてるけど……まだ所々、赤くなってるわね。あとこの裂傷、血は止まってるけど治りが遅いと思うわ」
葉月は慣れた手つきで、傷口を消毒し、塗り薬とガーゼを当てて包帯を巻いていった。
「葉月は……包帯を巻くの、上手だな」
「え? そ……う? 昔からやってたから、褒められたことって、あまりないんだよね。と……とりあえず、傷は大したことがなさそうで良かった」
葉月は少し照れながら、救急箱に薬と包帯をしまい、元の棚に戻していた。
「あ……そう言えば……さっき拭いてた時に……」
「ん……? うん」
「この背中の傷」
「背中?」
葉月はその傷がある場所をそっと触れた。丁度、肩甲骨のあたり。感覚的にドラゴンの姿になった時、羽があった場所に近い。
「ここね、えぐれたようになってて……赤くなってるの。この裂傷より少し深いんだけど、血が出た様子はないんだよね。痛くない?」
「ん? うん。別に」
「そう……この傷、何かの形に見える」
「へーそうなんだ。背中だから見えないな……何の形?」
「これは……蝙蝠の羽? みたいな……」
ああ……そうか、それは――
「……ドラゴン」
「え?」
ずっと話すべきか迷っていた。前世の記憶があることを理解してくれるものなのか。それに、葉月の家は導師だ。元の姿の事がわかったら、捕獲、もしくは退治されるのではないか。そんな不安があった。
「葉月……俺は前世の記憶がある」
「……うん」
「前世は……魔物、ドラゴンだった」
「ドラ……ゴン? 伝説に出てくるあの魔物?」
「信じるか?」
俯きながら話す俺の前に葉月は静かに座った。俺が顔を上げると葉月は真っすぐ目を見て頷いた。
「葉月はさっき……頂上に来たとき、俺がどんな姿になっていたか見てないか?」
「ああ……うん。あそこに着いたとき、昊は全身焼かれたような状態だったから……そう、魔物なのね」
「俺はずっと、葉月は気づいているんだと思ってた」
「……うーん。『気づいてた』……というか、なんか普通じゃないなとは感じてた。私たちと同じように、異能者だとは思っていたんだけど……まさか、前世が魔物とは……」
「小さい頃は、こんなこと言っても、きっと笑われるだけだろうし、面倒だから言わなかった。でも、日に日に自分でも感じるくらい、力が強くなっていくのがわかった。それに……」
「それに?」
「葉月の家は導師だ。もし、バレたら最悪……殺されるんじゃないかって……それで、言うか迷っていた」
「……っ」
葉月は、何かを言おうとしてやめた。伏し目がちになって、悔しそうな顔を浮かべる。しばらく沈黙していたが、不意に葉月が口を開いた。
「ねぇ……前世のこと、教えてくれない?」
「え?」
「嫌だったら……別に……いいんだけど……」
「んー……別に嫌ではないけど……あまりいい話ではないな」
「私は……昊、あなたのことが知りたい」
葉月は、何を思って俺の話を聞こうと思ったのかわからない。ただ、葉月の強張る顔と握り締めている手を見て、聞きたいのは興味本位ではなく、理解したいからだということは伝わってきた。
「はぁ……わかった、話す」
「ありがとう……昊」
葉月は軽く頷き、微笑んでいた。しかし、話すと言ってもどこから話せば良いか悩んでいると、「今、思い浮かんだ事からでいい」と葉月が言ってくれた。
「……俺は、西の大陸から追われてここにたどり着いた」
毎晩のように見ている夢の事、小さい頃から思い出されてきた前世の記憶の話をした。傍若無人な振舞い、最期を迎える生々しいあの瞬間。葉月は、そのことをずっと目を逸らさず聞いてくれていた。
「あの時から、前世の記憶はだんだん鮮明になっていった」
「そうだったの……もしかして『魔法』のことを知ってたのもその夢で?」
「まぁな。よく人間たちが使ってきたな。ああ……今って『魔法』って言わないのか?」
「え? 言うけど、今は使える人もそんなにいないし、大っぴらに使われていないから」
「ああ……それで二人して驚いていたのか」
「うん……大半の人が見たことないと思う。うーん。でも……」
「何だ?」
「何でこれは前世の記憶だと思ったの?」
「ああ、それは……確信を持ったのが、あの木……」
「ウチの山の?」
「ああ……前世の俺は、あそこで殺された」
「!」