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「ゲホ! ゲホ! レ、レイス……だから言ってるだろ? 人間になったから……」
痛みに耐えつつ顔を上げると、いつの間にか樹さんがレイスの後ろにまわり飛びかかっていた。死角だったにもかかわらず、レイスはひらりとかわし、逆に樹さんの腕を持ち、投げ飛ばした。樹さんはくるりと体を回転させ、俺の近くに着地する。
「やはり、ダメか」
それに続いて、葉月がレイスを魔法で捕縛しようとしたが、弾かれて失敗した。
「ウソ……タイミングは完璧だったのに」
「……娘も一緒に、魔物の味方をするとは」
「レイス様! 彼はもう人間です! 魔物だった時とは違います!」
「樹殿、転生者はうまく隠す。ちゃんと、見極めなければならんことは、知っておるだろ?」
「う……それは」
樹さんはそのまま黙ってしまった。レイスは俺に近づき、顔を覗き込んで来た。
「それに、ソールは二度、魔物化している」
「レイス、何で……それを」
「儂をなめてもらっては困る。どうせ、その体が魔力に耐えきれなくなった。それと、何かに憤怒して、魔物化したのであろう?」
「でも、俺は……」
なりたくて、なったわけではないのに……。
言い返したかったが、事実だったから言い返せなかった。レイスはフッと鼻で笑うと、樹さんを睨みつけた。
「しかしその前に、ここの者たちは規律を乱しておる。それについては罰をあたえねば、ならぬのう」
レイスは樹さんの方へゆっくり歩いて行く。
「な? レイス! 樹さんに何をする気だ!」
「魔物を見つけたなら報告するのが義務。それを怠ったのだからな」
「今まで……ここの封印を放置していたくせに、何を偉そうに!」
「別に放置していたわけではないぞ? 儂にも……まぁ、いろいろあったのだ」
「そんなの理由になるか!」
「ソール……お主はそこで、静かにしておれ、〈封殺〉」
俺はレイスにかけられた魔法で声は出せず、体が動かなくなった。
「……っ、ぐ」
くそ! 賢者の杖のせいで魔法をかけるのが早い! 避ける間もなかった。
「昊!」
「ふむ、ソールのことは後で考えるとして、まずはこの二人の処分をしなくてはな。さて、どうしてくれよう」
「こんなこと……あなたが魔導師様だなんて、信じられない!」
すると、レイスはいきなり葉月に目がけて魔弾の様なものを撃ち右腕をかすめた。
「うあっ!」
葉月の右腕から血がだらりと流れ出ている。葉月は右腕を抑えながら座り込んでしまった。
葉月!
目の前で流れ出ている血を見て、レイスに対する怒りも沸き起こってくる。その怒りが拳を固くする。
何で、いつもコイツは俺の大事なものを傷つけて、奪おうとするんだ?
「昊君……落ち着きなさい」
隣にいた樹さんが俺の肩に手をのせ、耳元で言われた言葉にはっとした。
そうだ……これは、レイスの挑発だ。俺が魔物化して暴れるかどうかを見ているんだ。
俺は大きく深呼吸をし、いったん心を落ち着かせた。
「葉月、傷を見せなさい」
樹さんは落ち着いた様子で葉月を見始めた。だが、すぐに樹さんは決して落ち着いているわけではないと悟った。葉月の腕に触れる樹さんの手は震えていた。
その様子を見ているレイスは薄笑いを浮かべている。
昔のレイスからは考えられなかった。どんなことをしている人間に対しても苦しめるようなことをしなかったはず。
コイツ、気が狂ったのか?
葉月の抑えている指の隙間から血が流れ出ていた。深く傷つけられたのか、なかなか血は止まらない。樹さんは葉月の傷口を見ると、苦い顔をした。ポケットからハンカチを取り出し、それで葉月の腕に巻き付けた。だが、そのハンカチにも、だんだん血が滲んでくる。
「レイス様、これは、いくら何でも……」
再びレイスは葉月と樹さんのほうに手を広げた。レイスの顔を見た時ゾッとした。今まで見たことのないような冷たい目、何の感情も持っていない表情を見せていた。
「ふむ、儂にたてつくとは……やはり、お主ら二人から導師の力を剥奪したほうが良さそうだのう」
それを聞いた瞬間、葉月の顔が青ざめていった。
「何を……するつもり?」
「全精霊を奪う」
葉月は絶望した顔をして、へたり込んだ。樹さんは何故か何も言わず、レイスを睨みつけているが抵抗する様子はない。
葉月……樹さん! 何故抵抗しようとしないんだ?
あきらめているのか、二人は下を向きその時を待っているようだった。
ダメだ! ここの人たちは、俺みたいな人間に優しく救いの手を差し伸べている。誤った道に行かないよう、見守ってくれている。そんな人たちの力を奪う? そんなことさせてたまるか!
しかし、何度動かそうとしても動かない。魔眼球で自分の体を凝らしてみると、糸の様なものが全身に巻き付いているのがわかった。
魔力の糸? コレのせいだったのか!
全身魔力を纏わせ解放させた。もしかしたら、ドラゴンの姿になることは予想できた。それでも、構わなかった。あの二人を助けられるなら。