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『立ち入り禁止』の看板を横目に過ぎ、草を掻き分け頂上を目指した。山の頂にある一本の大木の根元に古びた塚がある。そこに、白っぽいフード付きのマントを羽織っている若い男が立っていた。
「うーむ、ここに来ておるかと思ったのだが……」
「お前……まさか」
男は俺の声に反応して、ゆっくりこちらに振り返る。月光のおかげで顔がよく見えた。
「少年は……この地の管理者か? おかしいのう、儂の記憶違いか? こんなに若い者が管理者だったかのう」
俺は目の前にいるその男のことを知っている。この男は昔、俺からすべてを奪っていった。そして、俺をこの場所に封印した賢者――……。
「……レイス!」
「む? 儂の名を知っておるのか?」
その顔、この声、憎悪が込み上げてくる「この男を殺してやりたい」と。
やばい、抑えろ……今の俺は人間で、もう魔物ではないんだ。まずはレイスの目的を探らないとだ。もし目的が『ソール』の場合、ドラゴンの転生者を探しに来たのか? まだ、レイスに俺がソールだって、バレていないはず。
レイスは俺の姿を凝視すると、穏やかに笑っていた顔が少し強張った。
「少年、お主……」
何だ? まさか、俺がソールだってバレたのか?
「儂のファンか? いやー、参ったのう。儂ってそんなに有名人だったかのう」
レイスは照れくさそうにして頭を搔いた。
「いや、違うから……」
そう言えば、コイツこんな奴だったな。
「オホン……ところで、お主は知っておるか? ここにドラゴンが封印されておるのだ。そのドラゴンは兄弟でな、封印されているのは弟の――」
「何でそうなる! いつも言ってるだろ? 俺が兄で……あっ!」
しまった。ついツッコんでしまった。
レイスは俺をからかうためにわざと間違えて言っていた。最後のほうは言われても無視してたけど、久しぶりに聞いたら、つい答えてしまった。
すると、レイスは俺のほうを指さし、小刻みに震え出した。
「少年、そのツッコミは、コウだな?」
「ちがっ! ソールだよ!」
ああ、しまった、更に自白。
レイスはフッと笑い俺のほうに近づいてきた。
「ははは! やはりソールか! こんなところで会えるとはのう。なるほど、本当に転生しておったとは」
「っ……」
レイスは前世で会った頃と服装こそ違うが、あの時と変わらない姿。「不老不死」と聞いていたが、やはりそうだと証明している。
ここに来た目的はなんだ? コウはどうした? 一緒じゃないのか?
「ふむ、何しに来た……という顔をしておるのう、ソール。この場所は、しばらくここには来ておらなんだが……随分とおもしろいことになっておるようだのう」
「おもしろいことなんて、何もないぞ?」
「そうかのう? この辺りで魔物が暴れていたようだが?」
一瞬レイスは眼光が鋭くなり、俺を睨んだ。俺は思わずドキリとして、体が硬直する。そこへ樹さんが駆けつけてきてくれた。
「はぁ……はぁ……昊君! どうしたんだ……。え? あ、あなたは……魔導師レイス様!?」
樹さんは息を整えながら、俺を庇うようにレイスの前に立った。
「うん? お主がここの管理者か?」
「レイス様、私はここの管理者の渡瀬樹と申します。なぜ、こちらに?」
「そうか、今は樹殿がここの管理者だったな。小さい頃に会って以来か」
「私のことを覚えていてくださったのですね。しかし、ずいぶん急に……どうなさったのですか?」
「ふむ、ここに立ち寄ったのは……探しものがあってな」
「は、はぁ……探しもの、ですか」
樹さんは困惑気味だった。俺は樹さんの後ろから小さい声で話しかけた。
「あの、樹さん」
「うん? 何だい、昊君」
「やっぱり、目の前にいるレイスが『魔導師』……何ですね? 導師の創始者の」
「うん、そうだね。って、え? やっぱりって? 昊君、レイス様のことを何で知っているんだい?」
「レイスは……前世の俺をここに封印した男です」
「え? 今ここにいるレイス様が? 確か昊君の前世は何千年も前に……」
「はい」
「そうか、レイス様が……ということは、やはりレイス様が『不老不死』という噂は本当なのか?」
「そう……ですね」
レイスは昔から謎が多いんだよな。なぜ「不老不死」なのかも知らないし。
「しかし樹殿、いったいどうなっておる? その者は魔物の転生者。儂は報告を受けておらんのだが? 魔物の転生者は分かり次第、報告することになっておるはず。なぜ報告を怠った?」
「私は昊君の希望をできるだけ叶えてやりたいと思いました。彼の前世は上位クラスの魔物。レイス様に報告すれば、いくら人間に対して危険な思考が無いと言っても、記憶と魔力は封印をすることになると思い、報告をしませんでした」
「樹殿、危ういかどうかの判断は儂がする。思考のことだけではない。過去の縁も気にするべきなのだ。現に、魔王がここに来たのではないか?」
「そ、それは……」
「何かあってからでは遅いのだ。樹殿」
「っ……」
「樹さん、俺がレイスと話します」
「昊君……」
俺は樹さんより前に出てレイスを睨みつけた。だが、レイスはそんな俺に対して穏やかな表情を見せる。
「ソール……」
俺はもの凄く腹が立った。俺のことで樹さんがレイスに責められているように思えた。
「レイス、樹さんを責めるな。ここの人たちはちゃんと俺のことを見てくれている。そもそも何で、封印の確認をしに来なかった」
「ふむ……なるほど、随分ここの者たちと親しくなったようだな。ここの者たちのおかげか? それとも……」
レイスは腕を組み、ブツブツと言い始めた。
「おい、レイス、聞いてるのか?」
「昔は人と仲良くなろうとは思わなかったのにのう。随分と口が上手くなったか? 昔はもっと単純馬鹿であったのに……」
「レイス、聞こえてるぞ! お前、俺のことそんな風に思ってたのか! ほんと、ひでぇ奴だな!」
「む、この程度でキレておるようじゃあ、やはり昔と変わらんか?」
レイスは顎に手をやりながら、諦めたように大きくため息を吐いた。
まさかコイツ、ワザと俺を挑発しているのか?
俺はレイスの挑発に乗るものかと、心の中で何度も「落ち着け」と復唱しながら大きく深呼吸をした。
「レイス、俺は人間になった。何もかも変わったんだ……もう、昔の様な力はない」
「しかし、ここへは魔王バアルが来たのであろう? お主を探していたのではないか?」
「……なぜ、バアルが俺を探してたって、知っている?」
「儂をなめてもらっては困る。前世でバアルはお主のことを気に入っておったしのう」
「レイス……今更、バアルを追ってきたわけじゃないんだろう? 何しに来た!」
「うむ、儂の相棒を探しに来たのだ。見てはおらぬか? ドラゴンなのに人間の少年の姿でいるのが好きで、魔物なのに人間の味方をして、そのせいで兄弟喧嘩をしたという変わった奴なのだが……」
「だから『コウ』だろ!? 何で一緒にいないのか、こっちが聞きたいわっ!」
「おお! お主、かつての兄弟を忘れていなかったか! そう『コウ』だ。あやつがおらんからどうにも調子が悪くてな。思うように体が動かんのだ。ここに来ただけで……ふぅ、息が上がってしまったわ」
「不老不死の癖に……」
「ん? 『昔と変わらず、若いじゃないか』だと? いやー、まいったのう。そんなに若く見えるかのう」
「言ってねーよ! そんなこと!」
「むむ、やっぱりキレやすいではないか! どこが変わったのだ?」
あー、俺、コイツともう話したくない……。
「しかし、困った……。ここに居らんとなったら、いったいどこに……のう、ソール。心当たりはないか?」
「知るか! 用がないなら、さっさと失せろ! お前がいると無性にイライラするんだよ!」
「ふむ、やはり根底は魔物ということか? どれ、試してみるか……」
「何?」
レイスは俺を見るなり、不敵な笑みを浮かべていた。