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「そらにいちゃん……一緒に遊んでくれないの?」
「ごめん、今日は施設の手伝いで来たんだ。でも、ご飯を食べたら遊べるよ。今日は施設に泊まっていくから」
「え? 本当!? やったぁ!」
「だから、今は静かに待ってるんだぞ?」
「うん! わかった!」
光輝を居間に残し、俺は調理室に向かった。そこから、女性二人の楽しそうな声が聞こえてくる。
「今日は、葉月ちゃんたちが来てくれたから助かるわぁ」
「でも、ほとんど花井さんがやってくれてるから、私、やることないですよ」
俺が調理室を覗くと、調理師の花井さんと目が合った。
「あらぁ、昊君。久しぶりねぇ」
「お久しぶりです。花井さん」
花井さんは施設の職員の中では年長者だ。俺も小さい頃からお世話になっている。いつも作ってくれるご飯もおいしいが、おやつも絶品で取り合いになるくらいだった。
「二人とも今日は来てくれてありがとう。みんなの面倒を見てもらうだけでも、すっごく助かるんだけど、食事の手伝いまでさせちゃって、ごめんねぇ」
「いえ、ここはいつも人手が足りてないですからね」
俺が施設にいたときから人員不足で、葉月はたまに「手伝ってほしい」と声をかけられていた。葉月は子供たちの面倒が好きなようで、よく手伝いに来ていた。だが、今回は光輝の様子を見てほしいと若葉園長に頼まれ、俺も呼ばれることになった。
「そう言えば昊君。渡瀬さんのお家でも料理しているんだってぇ?」
「ええ、まぁ……してますね」
「じゃあ、今度、調理も手伝ってもらおうかしらねぇ」
「え? ああ、はぁ……」
花井さんは普段はふんわりとした口調でニコニコしているが、調理中は人が変わったようになる。花井さんと調理するのは少し怖いので、正直遠慮したい。
俺と葉月は花井さんに指示されて、副菜をお皿に盛り付ける手伝いをすることになった。葉月は何回か手伝いをしに来ているだけあって、手際がいい。
「昊、光輝君は?」
「ああ、居間で待ってる」
「そっか……」
心なしか葉月の笑い方がぎこちない。やっぱり、光輝に「キライ」って言われたのがショックだったのだろうか。
「葉月、さっきの……大丈夫か?」
「え? ああ、ヘーキヘーキ!」
「でも、葉月は昔から子供……好きだろ?」
「う……うん。でも、子供に好かれないことなんてよくあることだよ。誰かさんはもっと酷かったしね。そのおかげで鍛えられましたから」
「それって……俺か?」
「そっ! 光輝君って何となく、小さい頃の昊を思い出すのよね」
「え? 何で?」
「何か、皆を遠ざけてるっていうか……近寄らせない雰囲気が似てる」
「え? 光輝が? 俺にはそんな雰囲気は……
「もしかしたら光輝君、昊のこと自分と似てるって、感じたんじゃない? だから昊に懐いてるのかもね。最も光輝君のほうが可愛げがあるけど」
「ふふ、確かにそうねぇ。光輝君はまだお話ししてくれるものねぇ。昊君は施設に来た当初、話しかけてもあまり反応がなくて、みんな心配してたのよぉ? 無表情で顔色も悪かったしぃ。でも、昊君は葉月ちゃんが毎日声かけてくれたおかげか、だんだん話すようになって、顔色もよくなっていったのよねぇ」
「花井さんも覚えていますか? そうでしたよね? 昊って私が話しかけると、すっっっごい! 不機嫌になったし」
「あれは! 葉月がしつこく、隠し事がないか聞いてきたからだろ?」
「それは聞くわよ。孤立させたくなかったんだもん。最初に会った時の昊の顔、今でも覚えているわ。もの凄く暗くて……今にも何か……してしまうんじゃないかと思ったし」
「え? 俺が?」
「そうよ? 異能の気配のこともあったけど、それだけじゃなくて……その心配があったから、ずっと話しかけてたんだから」
「そ、そうだったのか……」
「だからね。もし、光輝君が昊に懐いているんだったら、できるだけ一緒にいてあげなよ。頼れる人が近くにいると違うでしょ? その辺は一番、昊が分かるんじゃない?」
「……うん、まぁ」
確かに、この施設に来たとき、両親がいなくなったのと前世の記憶が蘇ってきたのもあって、何もかもが不安で嫌になっていた。そんな中、俺が不機嫌オーラ全開で無視したりしたにもかかわらず、葉月はずっと話しかけてきた。それも、何度も。普通だったら途中で放置されて、俺は孤立していたと思う。
「今の俺がこうしていられてるのは――」
葉月のおかげ……。
その言葉を口にするのが恥ずかしくなって、思わず口を紡いでしまった。
「昊? どうしたの?」
「べ、別に!」
「何か、顔、赤くない? あ、さっき雨にうたれたから? もしかして熱があるんじゃない?」
「ち、違う! これは、その……大丈夫だ!」
やばい、なんか顔辺りがアツイ。
「ほんとに? 無理してない?」
「本当に大丈夫だ! それより早く、仕上げよう! 皆が待ってる」
「う、うーん、そうね。それじゃ、早くお夕飯の支度、済ませちゃいましょ!」
ふと気付くと、花井さんが温かい目で俺たちを見守っていた。
「花井さん? 何で……そんな?」
「いいわねぇ。うふふ。こういうの、しばらくなかったから、うふふ」
「オホン! 花井さん、あとはメインの『目玉焼き乗せハンバーグ』を盛り付けるだけですよ」
「あ、はぁい。うふふ」