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ドラゴンの転生  作者: 藤塲美宇
第六章 因縁と行方
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2

 その日、朝の天気予報は大いに外れた。下校時、今にも雨を降らせそうな薄暗い雲が頭上を覆う。途中、雨宿りができそうもない所で小雨が降り始めた。晴れ予報だったので傘なんて持っていない。


 これくらいだったら走って帰れば、大丈夫か?


 そう思ってダッシュしたが、渡瀬家まであと数十メートルというところで、土砂降りになった。

 家についた頃には着ている服は全てぐっしょりと濡れていた。このまま上がるのは申し訳ないと思い、泉さんがいないか玄関先で呼びかけたが返事がない。


「泉さん、いないのか」


 うーん……タオルがあるのは脱衣所だし……仕方がない、服を絞って上がるしかないか。濡らした所は後で拭こう。


 上着は搾れるだけ絞ったが、ズボンは脱ぐわけにもいかず、濡れた衣類を持って、素早く脱衣所まで行くことにした。


 ――しかし、俺はこの時、重大なことを見落としていた。


 できるだけ、水滴を落とさないように急いで廊下を走る。脱衣所にかかっている『掛札』を確認するのはもう癖づいていた。『掛札』は裏返し、誰もいないことを示している。


 よし、誰も入ってない。


 俺は勢いよく脱衣所の引き戸を開けた。


「「え?」」


 そこには、頭に乗せたタオル以外、何も身に纏っていない葉月が髪を拭きながら立っていた。お風呂から出たばかりなのか、体が火照っていて、全身に水滴がついている。


 その瞬間、思考が停止した。まさか人がいるとは思っていなかったので固まってしまった。さっきまでうるさいと思っていた激しい雨音が耳に入ってこない。体についている水滴が伝っているのも感じない。


 葉月は静かに後ろを向き、しゃがみ込んだ。


 混乱して頭がうまく回らない。謝らなきゃいけないと思っていても、言葉が出てこない。


「あっと、ごめ……え? 『札』あれ?」


 数秒間の沈黙。その間、俺は葉月の背中を見入っていた。


「と、とりあえず出てって!」


 その葉月の言葉にはっとして、「ごめん」と言って急いで引き戸を閉めた。


 やばい! やばいやばいやばいやばいやばい!! み……見てしまった。完全に見てしまった!


 俺は焦って、思いきり背中を壁に打ち付けた。痛さなんて感じない。それより、心臓の鼓動が爆音を立てる。


 え? あれ? なんで? 俺『掛札』確認したよな。


 少しずつ落ち着きを取り戻し、もう一度脱衣所にかかっている『掛札』を確認した。


 やっぱり、裏返し……え? じゃあ。


 その時、葉月が部屋着を着て出てきた。髪の毛は乾かしていない状態で、急いで着替えたのか、所々濡れている。俺は透かさず謝った。


「あ……ご」

「「ごめん」」


 え? 


 俺が謝るのと同時に葉月も頭を下げた。怒っている様子はない。むしろ申し訳なさそうにしている。


「ごめん。今回は私が悪い……『札』裏返しのままだったね」


「え? ああ……でも、俺もちゃんと確認してれば……」


「ううん、ごめんね。というか、忘れて! これは事故だったんだし……うん。ほら! 昊も早くあったまらないと風邪ひいちゃう! さっきお風呂沸かしたばかりだから、すぐ入れるよ」


 葉月は火照った顔を隠すようにタオルを握り締め、平気そうにしているが目を合わせようとしない。


「あ、葉月……あの俺」


「じゃあ……私、行くね」


 そう言って、葉月は目を逸らしたまま、自分の部屋の方へ行ってしまった。


 うん、事故だ、事故! そうだ、忘れよう! でも、葉月って……大神が言ってたけど、意外と胸あるんだな……はっ! 無心だ! 無心! 意識したらいかん! 


 お昼に大神とこの話題になったばかりで、こんなことが起こるとは夢にも思わなかった。今まで何も気にしていなかったが、葉月が入ったお風呂の後だと思うと、何となく落ち着かず、シャワーを浴びてすぐに出てしまった。


 その後、水滴が落ちた個所を拭きながら玄関に行くと、少し濡れている葉月の靴が隅に置いてあった。このことに気付けなかった自分と、何で風の魔法をかけて玄関で服を乾かさなかったのかと、少し後悔した。

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