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俺はまだ目が霞みよく見えない。目の前に立っている人物は、一つに束ねた髪を靡かせて、勢いよく長い棒のようなもので男を突き飛ばしていた。男は回転しながら受け身を取り、すぐに身構えているようだった。
「だ……誰だ! お前は!」
「あなた、違法のトレジャーハンターでしょ?」
そう言うのは女の声だった。
聞いたことがある。十歳の時、暴走しかかったとき聞いた声に似ている。はっきりしてきた視界をその女の顔に合わせると、それは葉月だった。
「……は、づき?」
「くそ! あと少しで……」
「ねぇ? 逃げられると、思ってるの?」
男が逃げようと後退しているところに、葉月はすかざず手に持っている長い棍を振り回し、問答無用で叩きのめした。
「この辺りの魔物、手当たり次第殺してたのあんたでしょ? 魔物相手だからって、勝手に命を奪っていいってもんじゃないのよ!」
男はバランスを崩し、尻餅をついたはずみで葉月の顔を見上げた。すると、男はまるで見てはいけないものを見てしまったかのような表情をしている。俺の場所からだと、葉月が背を向けているので、どんな表情をしていたのか見えないのが残念だ。
その後、男は滅多打ちにされ、意識を失っていた。その間に俺はだいぶ体力が回復し、起き上がれるくらいになっていた。
「よし。父さんが来るまで、拘束しとくか」
葉月は男に手をかざすと、光る縄みたいなものが出てきて拘束した。
「昊……私に隠してること、あるでしょ」
葉月は男を拘束しながら俺に問いかける。その口調から、怒りの感情がひしひしと伝わってきた。
俺は今回のことで、早めに打ち明けるべきだったと後悔した。自分の力を過信し、何かあっても葉月たちに迷惑かけずに対処できると思っていた。ところが、いざ刃を向けてきた人間を相手にしたら、自分が傷つくよりも相手を傷つけることが怖くなってこの始末。
自分の中で、やっと葉月に打ち明ける決心がついた。
「……ああ、ある」
葉月は大きなため息をついたあと、こちらに振り向き、もうすでに知っていたかのように笑顔で答えた。
「やっと、言ってくれた」
俺はその笑顔を見たら、隠し事をしていた後ろめたさから解放された気がした。
「でもその前に……ソレは隠さないと……ね?」
「あ?」
葉月は目を逸らしながら、下のほうを指さす。指されたところに目線を落とすと、ドラゴンになったせいで服は破け、すべてをさらけ出していた。
俺はそれを指摘されるまでまったく気づかずにいた。とっさに手で隠したが、もう手遅れだった。顔から火が出るとはこのことかと思うくらい熱くなり、恥ずかしくて葉月の顔が見れなかった。
うう……全部見られた。
「これ……昊のでしょ?」
葉月は途中で俺が脱ぎ捨てた上着を拾ってきていて、目をそらしたまま渡してくれた。
「あ……ありがとう」
とりあえず、その上着で局部を隠すと、更に葉月は自分が羽織っていたものを肩にかけてくれた。
「父さんが、もう少しで来るから、それまでこのままになるんだけど……ごめんね」
「い……いや、謝るのは俺のほう……早めに言っていれば、こんなことには……ならなかっただろうし……」
「それは、まぁ……結果的にこうなったけど……こんなこと、普通に言えるほうがおかしいわよ」
「それに……粗末なものを見せてしまって……」
「ああ……気にしないで、そんなに……見えてなかったから」
少しは見えてたんですね?
「それより、結構……火傷を負ってるみたいだけど、これ……大丈夫なの?」
「ああ……少しヒリヒリするけど、放っておけば治る。ほら……」
腕を出し、火傷が徐々に治っていくのを見せると、興味津々に見てきた。
「本当だ」
「なっ?」
ドラゴンの時もこうだったな。皮膚の堅さは違うけど……。
「へぇ……不思議、治癒能力が高いのかしら? でも、他に怪我してるかもしれないから、早く治療を……あーもう! 父さんはまだかしら!」
すると、山の下のほうから男性の声がした。
「葉月ー! 昊くーん! 無事かー?」
葉月の父親の樹さんだ。
「父さん! 遅い!」
「すまん! すまん! いやー、二人とも無事で何よ……そ、昊君?」
「? はい」
「何で裸か?」
説明……面倒だな。
「はっ! 葉月……まさか、お前が襲ったのか? また、聞き出すために……」
「襲ってない! 襲ってたのはあの男!」
「ははは! わかってるよ! ジョーダンだよ! 冗談! なぁ昊君」
樹さんは、結構冗談を言う人なのは知っていた。葉月とのこういうやり取りを何回も見ている。だが、樹さんはいつも俺に気を使っているように見えた。
「そんなことより……昊が認めたわ。隠し事があったって」
「そうか……まぁ、この状態では……隠せないよな……」
そんなに暴れていなかったとはいえ、不自然に切り刻まれた木々、落ちてるナイフ、捕まっている男、火傷を負っている俺。言い訳するほうが難しい。
「それにしても昊君。全身火傷をしている割に平気そうにしているが、傷の深さはどれくらいなんだ?」
「さっきに比べればだいぶ良くなってきてます。戦闘中に魔法を喰らって、裂けた傷が少し痛みますが……」
「「え? 魔法?」」
親子でハモるってすごいな。
「昊君……なぜ『魔法』のことを知ってる?」
「え? あ……昔、見たことが……」
「昔?」
樹さんはそれを聞くなり険しい顔をして黙ってしまった。
なんだ? 今、魔法とか言わないのか? それとも、何か――
あの時と同じ顔をしている。渡瀬家に運ばれた十歳のあの時、樹さんは険しい顔をして部屋の片隅で俺をずっと睨んでいた。あの時見た顔は、今でも忘れられない。しかし、樹さんのあの表情はそれ以降見ていなかった。
「……昊、あなたのことも聞きたいし、その傷を治療してから話そう。父さん、あとは任せるけど……」
「ああ……そうだな。昊君もいつまでもその格好じゃ、かわいそうだ……あとのことはこっちでやっておくから、葉月は昊君を連れて家に戻りなさい」
「わかった。昊、立てる?」
「……ああ」
下山している最中、ずっと葉月は俺を気遣いながら下りてくれていた。情けないことに全身傷だらけで歩くのもやっとの状態、更にほぼ全裸、俺にとっては汚点でしかない。
体を支えると言ってくれた葉月の手を拒み一人で歩けると強がってみたが、傷が治ってきているとはいえ、そこら中がまだ痛くて下山するのは一苦労だった。
それでも、つまずきよろけると葉月が手を差し伸べて支えてくれていた。その手が暖かくて離したくはなかったが、気恥ずかしさですぐに放してしまった。
渡瀬家に着くと、葉月の母親の泉さんが玄関先でうろうろしながら心配そうに待っていた。
「ああ! 昊くん! 良かった! 無事だったのね!」
帰ってきたことに気が付くと、すぐに駆け寄り、ボロボロの俺を泉さんはぎゅっと強く抱きしめてくれた。
この感じ、嫌いじゃない。
葉月のほうを見ると安心した表情を見せ、すぐに中へ入って行った。
「あ……あの、オバさん……痛いです」
「ああ! ごめんね! 怪我してるのに……すぐ手当てをしましょう」
中へ入ると、すでに葉月がぬるま湯の張った桶とタオルを用意して待っていた。
「昊、ここに座って、体拭くから……それとコレ、父さんので悪いけど……」
そう言われて渡されたのは、スウェットパンツだった。
「そのままだと、身動き取れないでしょ?」
「ああ……ありがと」
「じゃあ、ここに座ってくれる?」
「えっ? これくらい自分でやれる」
「さすがに前は自分で拭いてもらうわよ。背中は私やるから……傷の状態も見たいし」
「えー! じゃあ、わたしが前を拭いてあげる。昊くん、キレイにしてあげるわよ! ふふ」
へ?
泉さんはウキウキしながら、タオルを絞り始めた。
「だって……どうする?」
泉さんはなんとも楽しそうにしていたが、横にいる葉月は諦め顔だった。俺は貞操の危機を感じたので、泉さんには丁重にお断りした。