5
俺は着地をしてすぐ、ミーティスに駆け寄った。
「悪い! 思いっきりやった!」
「う……昊、と言ったか……お主からソール義兄様の魔力を感じた」
ミーティスは体を起こすと、俺をじっと見てきた。
戦意は感じない。話を聞いてくれそうだ。
「うう、ソール義兄様……まさか本当に人間になっておるなんて」
「ミーティス、大丈夫か?」
「うう……うー」
「ミーティス?」
ミーティスは痛そうにして動かなくなった。
そんなに強く……やった、な。
俺はミーティスがどこかに大怪我をしているのではないかと、焦り始めた。すると、ミーティスはすごく苦しそうな声をあげると、ドラゴンの姿から十四、五歳の人間の美少女へと姿を変え、俺に飛びついて来た。
「ソール義兄様! お会いしたかったです!」
「ミーティス! おい! くっつくな! それも、滅茶苦茶元気じゃねーか!」
「うう……酷いです! あれから、ずっと……わらわはここで」
「あー……悪かった! あの時、お前を騙す形になって」
「本当ですよ!」
「でも、今はミーティスが竜王だ。そんな情けない顔をしていたら、他の魔物に舐められるぞ?」
「もう、他の魔物なんて、人間界にそう居りませんよ」
「う、うん……まぁ、そうかもな」
ミーティスは俺を睨みつけ、頬を膨らませた。ふと、ミーティスは扉の近くにいる二人に視線を向けた。二人はあっけにとられ、ひどい顔をしている。
「あそこにおる女子……と、人間じゃない者は義兄様のお仲間か?」
「ああ、今、世話になっている人と、中身が悪魔の人間だ。ミーティス、お前は……相変わらず、人間嫌いか?」
「……昔ほどでは……コウにも言われたからな。じゃが、多くの同族が殺されたので、少し、思うところはあるのじゃ。それに、ここは人間の来るところではないゆえ、どうしてもきつくあたってしまうのじゃ。先程は義兄様にも……申し訳ない」
ミーティスは俺に向かって頭を深く下げた。
「いや、ちゃんと役目を果たしてるってことだから、いいんだ。それより思いっきり喰らっていたけど、大丈夫か?」
「大丈夫じゃ! あれくらいなんともない」
うん、結構、魔力強めにしたつもりなんだけど……複雑。
「しかし、凄い組み合わせじゃな……ふむ。瘴気を一時的に薄くしよう。あの二人もここに呼ぶと良い」
俺は葉月と中川を高座の近くに来るように呼んだ。ミーティスは気流を操り、俺たちの周りだけ瘴気を薄くしてくれた。
「本当は浄化者がおれば、人間も留まりやすくなるのじゃが、今、ここにはおらんからな」
「ん? 浄化者? ああそうか、光属性の魔法か! 弥生を連れてくれば良かったんだ」
「なんと、義兄様の近くに浄化者がおるのか?」
「ああ、光属性の使い手がいる」
「ふむ、そうじゃな。その者がおれば人間でもここの瘴気は影響がない」
「すみませんね! 役立たずの者がついてきて!」
「いや別に……役立たずとは、言ってないだろ?」
葉月は「ふん」と言って俺からそっぽを向いた。しかし、ミーティスの前に立つとにっこり笑いお辞儀をした。
「竜王様、お初にお目にかかります。私は導師見習い、渡瀬葉月と申します」
「ふむ、わらわはミーティス。竜の王となったが、本来、王ではない。義兄様の友人なら、そう固くならずとも良い。わらわのことは気軽にミーティスと呼んでくれ」
「ありがとうございます。ミーティス様」
「『様』などつけるな! わらわは本来、王などではないのじゃ!」
「では……ミーティスさん?」
「うーん、まぁ、良いじゃろう。じゃが、そこの人間もどき! お主は別じゃ」
「えー! いいじゃないですか? ボクもソラ君の友人ですよ?」
「中身は悪魔じゃろう? 人間の魂を喰らいおって……」
「これにはいろいろと、理由があるんですよ?」
「ふん、お主の様な奴は元々好かん!」
「まぁまぁ、ミーティス。俺は中川がいなければ、ここに来られなかったんだ」
「わらわは、お主ら悪魔のやり方がどうにも気にくわぬ。まぁ、義兄様がそう言うから、ここに居ることを許すだけじゃ! 良いな!」
「はい。ありがとうございます。竜王様」
中川はミーティスの怒りに対しても綺麗な笑顔を見せ、かわしていた。
「それで、義兄様。ここに来たということは王に舞い戻るため、こちらに?」
「え? 違う違う! 俺はミーティスの知恵を借りに来たんだ」
「え? そんな! わらわはずっと待っておったのですよ? やっぱり……あの時、わらわを騙したのですね?」
「あー……いやー……」
俺は思わず、詰め寄ってくるミーティスから、目を逸らしてしまった。
「ミーティスさん? 昊はいったい何をしたのですか?」
「うむ。竜王とは名ばかり。その役割はここの門番みたいなものでな。ここ場所に縛られる。このようにな」
ガチャン。
ミーティスが門のほうから何かを手繰り寄せる仕草をすると、手足に鎖の様なものが現れた。
「な……何、これ?」
「言わば、この門を守るための生贄なのじゃ」
「そんな」
「ただし、この場に留めるということは、体の時間が止まる。不老の体が手に入るという訳じゃ」
「それで、昊が騙したというのは?」
ミーティスは「説明しろ」と言わんばかりに俺を睨んできた。
「オホン。当時の俺は強い魔物と戦えればいいと思っていたから、竜王になれば、強い奴に会えると思っていたんだ。で、ここを通る奴らに『通りたければ俺を倒してみろ』って言って、挑んでいた。だけど、一か月もすると、ここに誰も来なくなったんだ」
「誰も?」
「義兄様は元々強いから、挑む者がおらんくなったのじゃ。この場に飽きたソール義兄様は『少しの間だけここを守ってくれ』と言って、後継者を据えてここを逃れた」
「後継者って……まさか」
「わらわじゃ」
「ひどっ!」
「いや、ミーティスは綺麗だから結構モテていたし、コウとも仲良さそうだったから、すぐ後継者ができると思っていたんだ。そうすれば、ミーティスは解放される。そしたら、そのうち大戦がはじまって……」
「終結とともに、大陸が沈んでしまったのじゃ」
「俺もまさか、大陸が沈むとは思ってなかったよ」
「わらわにはこの役目は重すぎる。でも、きっと義兄様が来てくれると思って、ずっと待っておったのじゃ。しかし、まさか人間に転生しておるとは……」
「でもなぜ昊のこと『義兄様』って、呼んでいるのですか?」
「それは、ソール義兄様とわらわの姉、アクアは番だったのじゃ」
「「つ、番?」」
葉月と中川は目を丸くして驚いた。
「え? ってことは、竜王様のお姉様とソラ君は夫婦……?」
「前世の話な。魔物の番なんて、そんな大したものじゃない。アクアとは……まぁ、それなりに仲は良かったかもしれないけど、それだけだ」
それを聞いた葉月は、何かブツブツ言い始めた。
「番……夫婦……?」
「あー……ハヅキさん。大丈夫ですか?」
「はっ! あ、え? 何が? 大丈夫よ? そ、そっか、それで『義兄様』って呼んでいるのね」
「? 葉月……お主は……ふむ、なるほど」
ミーティスは俺のことを睨むと、ニヤリと笑った。
「? 何だ? ミーティス」
「ふぅ、罪深き男よ」
「何だそれ?」