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懐かしい……このひんやりとした石でできた床、壁、そして空気。あの頃のまま、時がここだけ止まっているようだ。
異界の門の所が天井から魔法で照らされ、そこだけ明るい。
俺は竜王のいる高座の近くまで行き、そこで立ち止まった。上から注がれた光がミーティスにあたり、赤茶色の鱗が綺麗に輝いて見える。現・竜王は歴代に比べれば体格は小さいほうだが、人間の俺から見れば大きい。多分、十メートルはあるだろうか。
ミーティスは俺が近づいたことに気付くと、ゆっくり目を開けた。
〈人の子とは珍しい……日の国の子か?〉
「ミーティス……やっぱり、綺麗だな」
思わず声に出してしまうほど、ミーティスはドラゴンの中でも整った顔立ちをしている。俺を見つめる緑色の眼差しは、昔に比べると鋭さを増していた。
「……日の国の子よ。ここは人間の来る場所ではない。今すぐ立ち去るが良い」
久しぶりに見る上位クラスの魔物は威圧感がすごかった。だが、不思議と恐怖心はない。
「俺は真空寺昊。魔物の記憶を持って生まれてきた。竜王、あなたに聞いてほしいことがある」
「真空寺昊……ふむ、昊よ。お主の言葉に、わらわが答えることはない。今すぐ立ち去れ」
「どうか、聞いてくれ! 竜王! あなたの事も知っている」
「三度いう。わらわはお主の願いを聞き入れる気はない。今すぐ去れ!」
「俺の話を……」
「人の子よ。去らぬというなら、力づくで、追い返してくれるわ!」
ミーティスは右足を地面に叩きつけると、その衝撃破は周りを揺るがした。
「くっ! やっぱり、話を聞いてくれないか」
できるだけ、穏便に済ませたいが……。
「昊! 私たちも……」
「葉月たちは手を出すな!」
「はい! ボクはここで、全力で応援しています!」
「テオさん!?」
「ほほう! 仲良く女子まで連れてくるとは……何とも生意気な餓鬼よ」
ミーティスは尻尾を振り回し、俺を近づけさせないようにする。
何とか、近づけないか?
一瞬の隙を見て、懐へ飛び込んでいった。丁度頭の真下、ここが一番の死角になる。
「ふんっ! わらわの死角を……よく知っておるわ!」
俺はミーティスの体に飛び乗り、背後にまわった。ミーティスは体を揺らし落とそうとしてきたが、何とかしがみつき、揺れが収まった時を見計らって背中を駆け上がった。
「ミーティス! 落ち着け! 俺の話を聞け!」
「わらわの名を……? まさか、わらわの名が人の子に知れ渡っておるとは……何とも不愉快!」
ミーティスは体を素早く回転させた。その遠心力に負け、俺は振り落とされてしまった。
「くっ!」
俺は地面に叩きつけられるすれすれで風の力を使い体勢を立て直し、何とか着地した。
やっぱり、魔力を使わないとダメか?
「しつこい奴じゃ……これでも喰らうがいい!」
ミーティスは大きく息を吸い込むと、一瞬息を止めた。すると、口を大きく開け、炎のブレスを俺の方へ吐き出した。
俺は態勢を立て直したばかりで、まだ素早く動くことはできない。
「これでどうだ!」
俺は大きな魔弾を炎のブレスに向け、投げつけた。魔弾と炎のブレスが衝突し、激しい爆風を起こし消し飛んだ。
「むっ……やりおる」
こんな攻防が続けば俺の方が不利だ。瘴気のせいで体力がどんどん奪われている。あまり吸わないようにしているが、戦っている最中は難しい。ミーティスに話かけても聞く耳を持たない、相変わらず人間と話すのが嫌いなんだな……。何とか動きを止められないか? そうだ。少し葉月たちの魔法を参考にさせてもらおう。
ミーティスは猛攻撃を仕掛けてくるが、途中でその手が止まるときがある。ブレスを吐くときだけは、どうしても動きが止まっていた。
ブレスを吐く体制になったら仕掛けるぞ。
その時、ミーティスは体を大きくのけぞらせた。
よし! 今だ!
俺は地面に手をつき魔力で作った縄を這わせ、ミーティスの体を縛り上げた。
「なんと、これは……魔力の縄か」
「ミーティス、聞いてくれ! 俺の前世はドラゴンだったんだ!」
「人の子が戯言を……この程度の力で、わらわを拘束できると思うておるのか!」
ミーティスは体に力を入れ、一気にその縄を引きちぎった。
「やっぱり、弱かったか」
「小賢しい人間よ! これで灰にしてくれる!」
ミーティスは左足を『ダン、ダン』と足踏みすると、俺の足元が赤くなり、盛り上がってきた。
「やばい!」
すぐさまそこから離れると地面から炎が噴き出してくる。着地をすればそこがまた赤くなり、炎が噴き出す。それが何回も繰り返された。
あの赤く吹きあがってくるヤツに触れれば、一瞬で死ぬな。
「まだ、諦めぬか」
俺はそれを避けつつ、動き回りながらミーティスとの間合いをつめていった。
仕方ない……少し痛い目を見てもらうか。守りが固いミーティスだが、力の加減をしたほうが良いか?
ミーティスの尾が届くギリギリのところまで来た時、俺は足元目がけ走り始めた。それと同時に右手に魔力を集中させる。すると、次第に右手が魔物化し始めた。
「ん? 何じゃ? この気配……」
俺は雷の力をまとった手刀を作り、ミーティスの足元に近づき切りつけた。
「……っ!」
「だめか!?」
手加減しすぎて威力が弱かった。ドラゴンの巨体に傷どころか、電気ショックを与えることすらできなかった。
「はぁ……はぁ、さすが、ミーティス。歴代の中でも守りが固いと言われていたことだけはあるな」
だが、地面から炎は吹き出している。飛び跳ねながら、避けるが収まる気配はない。
やばいな。このままだと、俺の体力が先に切れる。
そこへ、ミーティスは炎の息を吐いてきた。
「昔にくらべて、戦い方がうまくなったな」
炎のブレスは柱に隠れ、避けたが相変わらず地面からは炎が噴き出してきていた。
「この炎、邪魔臭いな。あまり得意じゃないんだけど!」
俺は水属性の力を拳に溜め、地面に向かってそれを突き刺した。
ドゴォォン!
衝撃と共に石でできた地面は大きくへこむ。それと同時に炎が吹き出ることは無くなった。
「なんと、相殺されたか」
「今度はこっちから行くぞ!」
俺は壁を駆け上がり、ミーティスを下に見たところで飛びかかると、頭上で大きな闇属性の魔力の塊を作った。
「少しは、俺の話を聞けぇ!」
「む!? やはり、この魔力は……」
闇の塊をミーティスに投げつけ、目の前で弾けさせると、放射状に拡散させた。それが弾丸となってミーティスを一斉攻撃する。
「ぬわぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
ミーティスはそれを避けようとせず、まともに受け、その場に倒れ込んだ。