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夕飯も食べ終わり、中川は影原さんに魔力を使う許可をしてもらった。
「本当はこんなに早く許可するのはあまりよくないんだ。一応、渡瀬家内だけで、ということで許可するのだからな!」
影原さんに注意事項をたくさん言われていたが、俺は早く行きたくて聞いていなかった。
竜王の所に『瞬間移動』をするため、修練場へ向かっていると、葉月と樹さんが一緒に行きたいと言い出した。しかし、竜王のいる場所は異界の門がある、そのせいで瘴気が濃い。二人にそのことを説明し「今回は、俺と中川の二人で行きたい」と伝えると、樹さんは諦めてくれたが、葉月はなかなか折れてくれなかった。
「ねぇ! どうして、私は行っちゃダメなの?」
「だからさっき言っただろ? 『竜王』は異界の門番。あの場所は、瘴気がすごいから生身の人間は行かないほうが良いんだよ! 葉月は留守番!」
「昊もテオさんも、今は人間じゃない!」
「俺と中川は別! 魔物の魔力を持っているから、そんなに影響はない! と、思う」
「確証はないんでしょう? だったら、私も一緒に行ったって同じじゃない!」
「だから……」
「うーん、珍しいですね。お二人が喧嘩しているなんて、まるでふーふ……」
俺と葉月は、それを言おうとした中川を同時に睨んだ。
「なぁ、中川お前も反対だよな?」
「どうなんですか? テオさん!」
「うー……ボクもソラ君の意見に賛成です。あそこはあまり、人が行っていい場所ではありませんから。正直、今はボクも人間なので、行きたくありません」
「そ、そんな……」
「まぁ、ハヅキさんが行きたい気持ちもわかります。生のドラゴンなんて滅多に見られませんからね。でもボクの負担も考えていただけると嬉しいのです。たぶん、三人……行けるとは思いますが、人間の体で初めて『瞬間移動』を行うので、できれば二人で行きたいですね」
「そうだぞ! 中川のことも考えろって」
「……分かった」
葉月は不満気に、修練場の端へと下がっていった。
修練場の真ん中で俺と中川は向き合い、お互い手を握った。
うーん……俺、何でか最近、男の手しか握ってないな……。
「では、ソラ君ボクが片目を瞑ったら、一気に飛びますからね」
「ん、わかった」
「では……」
中川かそう言って片目を瞑ろうとした瞬間、葉月が走り出し、俺達の手を握った。
「え? 中川! ちょ……まっ」
葉月を振り払う間もなく、俺達は光に包まれた。
「「うわぁぁぁぁ!!!」」
「きゃぁぁぁぁ!!!」
ドスン!
葉月が急に飛び込んできたせいなのか、着いた先では体が宙に浮いていた。いきなり地面に足が着いていないことに驚き、三人してバランスを崩して折り重なるように倒れ込んでしまった。
気がつくと、誰かを下敷きにしている。葉月は俺の上にいた。下敷きになったのは中川だった。
「いてて……中川、大丈夫か?」
「ああ、はい……何とか。ハヅキさん、ちゃんといますか?」
「はーい! いまーす! あはは……着地失敗!」
「……葉月! あれほど、ついてくるなって言ったのに!」
「えへへ」
「二人とも無事ですね。とりあえず目的地にはちゃんとついたから良かったですけどね」
「はぁ、ついてきちゃったものは仕方がないか……」
葉月は立ち上がり、周りを見渡した。
「うわぁ……ここが『竜王』の住む場所?」
真っ白い石で囲まれた空間。壁も床も円柱も、見えるところは全て綺麗に削られた石でできている。天井は遥か上で暗くて見えない。それが、奥の方まで続いている。
「ねぇ、昊……ここって、海の上にあるの?」
「いや、海の中だ。この場所は、魔物と人間が激しく戦った大陸に立てられていたから」
「ええ? じゃあ、外に出たら周りは海水?」
「そうだな。でもここは、特殊な結界で周りを守っているみたいだな。普通の人には見えていないみたいだし」
静寂に包まれた回廊。本来なら、建物の中まで日の光が注がれていたのに、深海に沈んだため闇夜のように暗い。その場を一歩進むごとに魔法の火が道標のように灯される。足音が鳴り響き、この奥にいる守護者に侵入者のことを知らせているようだった。
長い回廊を進むと、大きくて重厚な扉が聳え立っている。
「懐かしいな」
「こんな大きくて重そうな扉、どうやって開けるの?」
「魔力があれば開きますよ。ハヅキさん、良かったら触れて見てください」
「え? 私?」
葉月は戸惑いながら俺を見た。
「うん、折角来たんだから、やってみれば?」
葉月が扉にそっと触れると、ズズズッと大きな音を立てゆっくり開き始める。
「か……勝手に開いた」
「言ってしまえば魔力のロック解除システムですね」
「あー……なるほどー、そーですねー」
葉月は中川の冗談に合わせるように、笑いながら答えていた。
扉が開いて行くと、内から外へ押し出される空気に瘴気が混じる。
大きな広間の先に高座がある。そこにあるのは人間界と異界をつなぐ門。今は閉ざされているが、そこから瘴気が漏れ出している。
そして、その門を守るのが竜王だ。
「あ、あれが竜王?」
「うん、竜王ミーティス。異界の門番だ」
ミーティスは前世の俺と同じく背中に翼が生えたドラゴンだ。地水火風の属性を使えるが、一番得意としていたのが地属性だった。その力で大地を通じて、いろいろな知識を蓄えていた。
俺の知りたいことも知っているはず……。
「あれ? でも、ソラ君。本人は『女だから竜姫と呼べ』って言ってましたよね?」
「そういえば、そんなこと言ってたな。そのほうが、響きがカワイイからって……でも、呼んでる奴、見たことねぇけど」
「竜王って、そういうことを言うのね」
「さて、葉月と中川はここから入るな。ここの瘴気は人間がギリギリ耐えられる強さではあるが、あまり長居しないほうが良いから」
「もちろん! ボクはここで待っていますよ! ね? ハヅキさん?」
「昊は大丈夫? なの?」
「まぁ、たぶん? じゃあ、話してくるか」