2
若葉園長が用事を終え迎えに来ると、光輝は俺から離れたくないと泣き出してしまった。俺は光輝に「遊びに行くから」と約束をすると、ぐずりながら帰っていった。
光輝たちが帰った後、影原さんから「これから、渡瀬家による」と、連絡があった。
影原さんから連絡があるときは、大抵夕方ごろ来て、樹さんと仕事の話をする。その後、ご飯を食べていくのだが、影原さんは異様に食べるので、いつもの食事の量の倍は用意しなければならない。そして、その日の夕食の当番は俺だった。
最近、やっと一人で食事の準備もできるようになってきたのだが、影原さんが来るときは俺にとって地獄だ。影原さんの分の食材を大量に買い込んで帰ると、葉月も手伝うと言ってくれた。
「昊、今日は何にするつもり?」
「影原さんからリクエストがあったんだ。だから作るのは――」
「『親子丼』でしょう?」
聞こえてきた声と共に、背後から抱きつかれた。
影原さんの声じゃない。久しぶりに聞いた声。
「な、中川?」
「久しぶりだね! ソラ君!」
中川は執行猶予つきの判決となり、魔力使用の制限をされ、釈放された。
異能者の犯罪は実刑判決されることが多い。中川が執行猶予つきの判決となったのは、樹さんの後ろ盾があったからだと聞いた。
「テオさん。もしかして、今日、釈放されたんですか?」
「ハイ! あの時は皆様にも大変ご迷惑をおかけしました。いやー、それにしてもハヅキさんは……うん、何だか綺麗になったね」
「え? 悪魔に褒められても、ぜんっぜん! 嬉しくないんだけど!」
「そんな冷たい目で見ないで下さい。ボクは正直に言っただけなのに……自由の身になったら、渡瀬家でご飯を食べることを楽しみにしていたんですよ? カゲハラさんの話では、ソラ君の手料理はかなりおいしいとか……」
「いや、渡瀬家の皆様のほうが、おいしく作るぞ?」
「またまた~! ご謙遜を!」
「そう言えば……テオさん、彩音さんは?」
「ああ、イツキさんのところに話をしに行きました。ボクはこれから、イツキさんのお仕事をお手伝いすることになるので、そのことを話に行ったのかと」
「ん? 仕事の手伝い? 中川も導師になるのか?」
「いえ、ボクは中身が悪魔ですから、情報提供がメインです。魔力を使うのも制限されていますしね。手伝う代わりに出られたようなものですから」
「そうなのね。それにしても何で、今日『親子丼』にするって、知ってるの?」
「カゲハラさんが渡瀬家に連絡しているとき、隣にいましたから。で? 『親子丼』? というのはどんなグロテスクな料理なのですか?」
「グロいわけないだろ? ただ、鶏肉と卵だから親子っていうだけだよ」
「あー、そういうことなんですね? でも、どんな料理なのか楽しみです」
「そう言ってる間に、もうすぐできるぞ? あとは溶いた卵を入れれば完成だから」
「ソラ君、話ながら料理できるなんて、すごいです!」
葉月はそれを聞いて、くすりと笑っていた。
「まったく……のん気な悪魔だ……」
ん? 悪魔……あ、そうだ。
「中川、悪魔の力、今でも使えるのか?」
「え? ああ、はい、使えます……が?」
「じゃあ、確か……お前、何処にでも行ける能力があったよな?」
「ええ! ソラ君、よくご存じで……って、ま、まさか」
「俺を『竜王』のところに連れて行ってほしいんだ!」
「ええ!? 嫌です! 無理です!」
「だって、悪魔の力、使えるんだろ?」
「使えますが……今は人間の体です。あの能力はもの凄い量の魔力を消費するんです!」
「だったら! 俺の魔力を使ってくれていい!」
「え? え~? いいんですか~? ソラ君の魔力頂けるなら……連れて行ってあげてもいいですよ~。でもその前に少し味見させていただいても?」
「味見? ああ、好きにすれば……」
すると、中川は以前と同じく顔を近づけてきた。
「ちょっと、テオさん! 何で顔を近づける必要があるんですか!?」
葉月はとっさに、中川の顔を鷲掴みにし、俺から引き離した。中川は掴まれたところを手で抑え、葉月に向かって不服そうに顔を膨らませている。
「むぅ! ハヅキさん、痛いです!」
「弥生たちから魔力を奪った時は、そんなことをしなかったでしょう?」
「あはは! 気付かれてしまいましたか! これは、そのほうが面白いからに決まっているじゃないですか?」
「ふざけないでください!」
「ふー、仕方がありません……ソラ君お手を拝借」
「ああ」
突き出された中川の手を握ると魔力の流れを感じる。少しずつ、中川に吸い取られていく感覚だ。
「うん、これならボクにも使える魔力ですね」
「よし! なら、すぐにでも!」
「え? 昊、ちょっと待って! 今から行くの?」
「え? そのつもりだけど?」
「ソラ君は意外とせっかちですね」
「確かあの力は、触れているものを巻き込むんだろ? 中川、とりあえず、修練場に行こう」
「仕方がないですね」
「二人とも! 待ちなさい!」
俺たちが修練場に向かおうとすると、泉さんが仁王立ちをして立ち塞がった。
「さっきから聞いていれば! ダメよ! 今すぐ発つなんて!」
「そ、そうよ! 昊も落ち着いて! もうちょっと準備を……」
「せっかく作ったご飯! 冷めちゃうじゃない! 行くなら食べてからにしなさい!」
泉さんの反応に、俺と中川は呆気にとられた。
「え? 母さん、行かせる気?」
「昊くんにとって必要なことなのでしょう? だったら、いいんじゃない? ねぇ? 昊くん?」
「はい」
「確かに、ソラ君がボクのために用意してくれたご飯を食べないのは、もったいないですね」
「中川のためじゃねぇーし」
「その前に真空寺昊くん。中川テオは魔力の制限がされていて、あたしの許可がなければ使えないぞ?」
「あ、影原さん」
影原さんは、泉さんの後ろからひょっこり顔を出した。
「彩音さん、父さんとの話は終わったんですか?」
「うん、今しがたな。んー……それにしてもいい匂いだな! このダシの香りは食欲をそそる! 折角おいしそうに昊くんが作ってくれたんだ! 中川テオも『親子丼』を食べたいだろ?」
「はい、もちろんです! 渡瀬家で食べるのを楽しみにしていたのですから! ソラ君が丹精込めて作ってくれたご飯を頂かないわけにはまいりません! 竜王の場所は分かっているんです。あの場所では、逃げも隠れもできないでしょう」
「あのー……テオさん、竜王ってどこにいるんですか?」
「今だと……んー、太平洋のど真ん中、ですね」
「え? 昊、竜王って、そんなところにいるの?」
「昔あの辺りに、大陸があったんだ。人間と魔物の大戦で沈んでしまったけどな。あの時、中川もいたんだろ?」
「ボクは一旦、異界に戻っていました」
「そうだったのか」
「え? 待って! 確かにあの辺りは、いろんな仮説があったけど……最近、科学的に大陸はなかったって証明されてたけど?」
「あの場所は、魔法の力で隠されているんだ。あの大陸は確かにあそこにあった」
「でも昊……そんなところに、どうやって行くの?」
「中川の悪魔の能力。『瞬間移動』だよ」
「しゅ……『瞬間移動』? テオさん、そんなことができるの?」
「一応、ボクは悪魔ですからね」
中川が得意げに「ふん」と鼻を鳴らしていたが、葉月は何か心配そうにしていた。
俺は早く『竜王』の所に行きたくて気が急いていた。
よし。これで、やっと会えるんだ。まぁ、行っても話を聞いてくれるかは分からないけどな。