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弥生が光属性の魔法を使えるようになって、一か月。
俺が魔力の暴走をしないように週に一度、浄化をしてもらっている。浄化をするときは弥生の掌に俺の手をのせて行うのだが、少し恥ずかしい。居間で男二人が手を握りあっているので、他の人にあまり見られたくはない。
「こうしたほうが、効率がいいのよ」って泉さんは教えてくれたけど、クスクス笑いながら言っていたから、絶対面白がっているのだと思う。
「はい、終わったよ。うん……なんか最近、昊の魔力があまり乱れてないみたいだね」
「ああ、浄化してもらっているからか、暴走する気配もない。弥生のおかげだな。ありがとな」
「うわっ! 昊からお礼を言われるが日が来るとは思わなかった!」
「弥生、俺だって、お礼くらい言うぞ?」
「へ……へー」
弥生は「信じられない」というような冷ややかな目で俺を見てきた。
「そんな変な目で見るなよ」
「だって、今まで言われたことなかったから……でも、前は山に行って暴走を抑えていたんだろ? 今はそれができないって、どうしてだ?」
「ん? うーん……俺の体の中には小さい頃から、人間と魔物の魔力がある」
「へー。魔力に人間と魔物があるんだ? どう違うの?」
「ん―……言葉で言うと……ああ、魔物は攻撃的で尖った感じ。人間は守備的で丸い感じ?」
「……なにそれ?」
「あくまでイメージだよ。言葉にするのは難しいんだって!」
「ふーん。昊の中のイメージはそうなんだ」
「うん。で、成長するにつれて、魔物の魔力が強くなってきたんだ」
「うん」
「魔物の尖った魔力は人間の体には負担が大きいみたいなんだ。だから、魔物の魔力に耐えきれず暴走していた。あの山にある体は魔物の魔力を欲している。それで、暴走する前に山に行って、溢れた魔力を吸い取ってもらってたんだけど……」
「? だけど?」
「うん、今は少し違うかな」
「え? そうなの?」
「多分、魔物化を何度かしたせいかな? 体が魔物の魔力に慣れてきている。それでこの間、山に行ったら、暴走を抑えるどころか、魔物化が進んだんだ。何となく、体が共鳴してる気がする」
「……それって、大丈夫なの?」
「あまり、良くないかもな」
「えー……」
「でも、今は弥生のおかげで暴走しないですんでる。あれから俺もあそこに行ってない」
「へーそうなんだ。まぁ、オレも光属性の修行になってるからいいんだけど……」
「定期的に弥生に頼まないといけないのは、どうにかしないとな……」
何か対策がありそうなんだよな。たぶん、竜王は知っていると思うんだけど……。
その時、玄関のチャイムが鳴った。
ピンポーン。
「御免ください」
あれ? この声。もしかして……。
「ん? 誰だろ?」
「あ、俺が行くよ」
弥生が対応しに玄関へ行こうとしたところを俺は止めた。聞こえた声の主は俺が知っている人な気がする。玄関を開けると、ふくよかな中年の女性が立っていた。
「ああ、やっぱり若葉園長」
「あら、昊くん! 久しぶりね! 元気にしていた?」
若葉園長はハキハキとした元気の良さで、時には優しく、時には厳しく分け隔てなく子供たちに接してくれていた。若葉園長のことを施設にいる子供たちは母親のように思い、皆大好きだった。
そんな、若葉園長の後ろから、ひょっこり顔をのぞかせた五歳くらいの男の子がいる。
「そら……にいちゃん?」
「ん? 光輝? お前も来てたのか! 久しぶりだな!」
「そらにいちゃん!」
光輝は俺を見るなり飛びつく勢いで走りよってきた。俺は屈んで抱きとめ光輝は嬉しそうに、ぎゅうっとしてきた。
「あらあら、本当に光輝くんは昊くんのことが好きねぇ。渡瀬家に行くって言ったら、ついてきちゃったの」
「そうだったんですか」
「だって、そらにいちゃん。また来るって言ったのに、ぜんぜん、来ないんだもん!」
「ああ、そうだったな。ごめん、ごめん」
「実はいうとね、光輝くん、ここのところ塞ぎ込んでいたのよ。きっと、昊くんに会えなくて寂しかったのね。こんなに元気になるなんて」
光輝と出会ったのは俺が渡瀬家に来る一週間前。その時、いろいろ世話をしていたのもあって、俺に懐いている。
光輝は魔力を持っている。五歳になったばかりの頃、人が変わったように何度か魔力を使ったらしい。その時、母親に力を使い怪我をさせてしまったそうだ。それで、光輝は一時的に養護施設で預かることになった。
「でも、園長が渡瀬家に来るなんて、珍しいですね」
「うん、樹さんに用事があってね。樹さんは、いる?」
「ええ、いますよ。今は修練場にいると思います」
「わかった、行ってみるわね。それで……申し訳ないんだけど」
「? ああ、光輝ですね。俺が母屋で預かってます」
「ごめんね。すぐすむから!」
「大丈夫です。しばらく光輝に、会いに行かなかったから、今日は付き合わないとな。な? 光輝」
そう言うと、光輝は満面な笑みで俺に「うん!」と返事をした。
「ふふ、本当にうれしそうな光輝くんは久しぶりに見たわ。じゃあ、申し訳ないんだけど昊くん、光輝くんのこと、よろしくね」
「はい」
光輝を連れて、弥生のいる居間に戻った。
「昊、誰だったのって……その子、誰?」
「施設に入所してる光輝。園長が樹さんと話している間、母屋で預かることになった」
「へー、えっと……初めまして、だよな? オレ弥生。よろしくな」
「こ……こうき、です」
光輝は弥生を見るなり、怯えて俺の足にしがみついてきた。
「? どうしたんだ? 光輝」
光輝はしがみついたまま、なぜか弥生を怖がっている。
「うーん、何か怯えているな……オレって、そんなに怖い?」
「いや……人見知りが激しいからだと思うよ?」
「それならいいけど、何かヘコむなぁ」
光輝はテーブルに持ってきていた「お絵描きセット」を広げ、俺の膝の上で絵を描き始めた。
「光輝、何描いてるんだ?」
「えへへ、秘密!」
そう言われたものの、膝の上で描いているから丸見えだった。目の前で完成していくその絵には赤いドラゴンの様なものが描かれていた。