番外編3
葉月と芙美花とは、同じ帰り道だったけど、「コンビニによりたいから」と言って、俺は途中で別れた。そして、コンビニで「トマトジュース」を買って、俺はもう一度あの洋館へ戻った。
洋館へ入るのはさっきと同じ、勝手口の近くにある、割られた窓から鍵を開ける。実は、この割られている窓には、怪我をしないように、透明なテープでコーティングがしてある。そのことに、誰も気づいていなかった。
二階に上がっていき、俺たちが最後、閉じ込められた部屋に向かった。
その部屋の窓際に、青白い顔をした細身の若い男性が立っている。俺が来たことに気付き、こちらに振り向くと、笑顔を見せた。その男に俺は、何の躊躇もなく話しかけた。
「危なかったね。ドラクラ伯爵」
「はぁー……よかったぁ。昊くんのおかげで、見つからずにすみましたぁ」
この笑っている男性は、昔、皆に恐れられていた『吸血鬼』だ。俺が転生して、初めてできた魔物の友達で、人間界の魔物事情をいろいろ教えてもらっている。
伯爵は数年前から、この洋館に無断で住みついている。何があったか聞いてはいないけど、気が向くまま流れ歩いていたら、ここに辿り着いたらしい。
本来、吸血鬼は人の血を栄養源としている。しかし今は、血を吸うと、気持ち悪くなってしまうそうだ。その代わり、「トマトジュース」や「イチゴジュース」を好んで飲んでいる。そのおかげか、吸血行動は起こらず、もう何年も人を襲っていないという。
「葉月が『ドア壊す』って言った時はマジで焦ったけどな。あ、これ、お土産の『トマトジュース』」
「わぁ! いつもありがとう! 昊くん!」
みんなからこの『肝試し』の計画を知った後、学校帰りにこの洋館へ立ち寄り、伯爵に子供たちが来ることを伝えた。
計画はこうだった。
俺達が来る時間を伯爵に伝えておいた。
まず、勝手口の窓から侵入することは想定していたので、伯爵はそこから子供たちの後をついて行ってもらった。途中、窓を開けておいて、カーテンが揺れるようにしておいたり、俺たちがいる部屋の隣で大きな音を立ててもらったりしていた。
最後の部屋に辿り着いたら、俺達のスキを狙って伯爵がドアを思いきり閉める。
閉まったドアを俺が確認し、閉じ込められた演技をする。
そして、もう一度開かないことを確認すると、これを合図に伯爵が廊下を歩き、部屋を確認していく。俺たちのいた部屋の前でドアノブを何回も回して、なかなか開かないフリをする。
ドアの後ろに隠れているよう俺がみんなを誘導。伯爵は少しだけドアを開け、部屋の中を見て、その場から立ち去る。地区の人が、洋館の見回りに来ることは知っていたので、俺がみんなを窓の外に目を向けさせ、その人たちだと思わせた。
「はぁー……僕は普段、こんなに動かないから、疲れたよ」
「でもよく、この軋む床を音立てずに歩けたね」
「それにはちょっと、コツがいるんです。聞きたいですか?」
「んー……どーでもいいや!」
「昊くーん」
「でもこれで、しばらくは子供も近寄らないでしょ」
「子供はねー」
「ん? 他に誰かくるの?」
「来ますよぉ。最近は大人もここに来て、何やら撮影して行きますからねぇ」
「……そうなんだ」
「ふぅ……だからねぇ。昊くん、これを機に僕はここを離れることにしたよ」
「え?」
「元ドラゴンの君と離れるのは、すごく名残惜しいんだけど、だいぶ噂が広まってしまったでしょう? そろそろ潮時かなって……ね」
「そ……そんな、せっかく」
「ごめんねぇ。せっかく、計画まで立てたのに……」
「嫌だ」と言いたかった。でも、この先もしかしたら、ここにいたせいで、伯爵が誰かに見つかってしまうかもしれない。そう考えたら、俺は言えなかった。
伯爵は俺の頭に、優しく手をのせ、そしてそっと抱きしめた。
「君と過ごした時間は短かったけれど、とても楽しかったよ」
「伯爵……いつか、また会える?」
「ああ、僕はずっと生きてきたからね、見つからない様にするのは得意なんだよ。僕が太陽さえ浴びなければ、また夜、会えますよ」
「……うん」
「その時は、君の笑顔も見たいなぁ」
「え?」
「昊くんは笑顔だけは、見せてくれなかったからねぇ」
「笑顔……なってなかった?」
「うん、君は人間の友達もいるみたいだから、きっと自然に、笑顔を見せられるようになると思うよ?」
「うーん、できるようになるかな?」
「大丈夫です。できますよ。次はお互い笑顔で、また会いましょう。昊くん」
「……うん」
伯爵はもう一度、俺を抱きしめた。
そして、この夜、伯爵は洋館を去っていった。
俺はあの日、人間になって初めてできた魔物の友人と、別れを告げた。
そう、あの時、あの洋館にはずっと、『吸血鬼』という魔物が住んでいた。
この秘密は、誰にも言っていない。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます! これにて、第四章は本当に完となります。
ここまで、書けているのも皆様のおかけです。本当に感謝しております。日々精進、書けることに幸せを感じております。
どうぞ、これからもよろしくお願いいたします。