番外編2
みんなで、二階に上がる一段下の階段から様子を探る。
二階は更に怖さが増して見える。一階より、乱雑に置かれた家具。いたるところに蜘蛛の巣があり、気をつけないとすぐにひっかかりそうだ。
「ねぇ、大神くん……本当に、ここ行くの?」
「だって、人影が見えたの、二階だぜ?」
「でも、人の気配はないよね。昊は? 何か感じる?」
「葉月が感じないんだから、俺が感じる訳ないだろ?」
「それも、そうね」
恐る恐る、ゆっくり進んで行く。静かに踏もうとしても、古い床はきしむ音を鳴らす。
度々、誰もいないはずの部屋から、何かがぶつかったような音が聞こえる。それを聞くたびに、みんな一斉に体をびくつかせた。
葉月は先頭を切って歩いて行く。真っ先に乗り込んでいった大神は結局、芙美花と一緒に葉月の背中に、ぴったりとくっついていた。俺はその後をただついて行った。
二階は四部屋あった。また、一つ一つ部屋を確認していく。部屋によっては家具がそのままだった。「ここには誰もいない」という証明のように、どこも埃だらけだ。
そして、最後の部屋へたどり着いた。
「よし、これが最後の部屋ね。ドアを開けるわよ」
「「うん」」
大神と芙美花は、同時に相槌をした。
ドアの立て付けが悪いのか、凄い鈍い音を立てた。
全員、開いたドアの隙間からこっそり、中を覗き込んだ。
何かいるようには見えない。
この部屋だけ、何も置いていなかった。
「ふー……何だ! 何もないじゃん」
大神は、何もないことを確認すると、一番に入って行った。
「ねぇ、ここで最後なんでしょ? 何もいなかったんだから、早く帰ろうよ」
最期に入ってきた芙美花は、怖がりながらも部屋の真ん中まで歩いてきた。
その時、開いていたはずのドアが大きな音を立て、急に閉まった。
「え? 何?」
葉月はすぐに気づいてドアに向かおうとしたが、俺のほうが近かった。ドアが開くか何度もドアノブを回すが、一向に開く気配がない。
「ダメだ! 開かない!」
「昊、嘘でしょ?」
「え? これってもしかして、オレ達、閉じ込められた?」
「ええ? どうなってるの? あたしたち帰れないの?」
みんな、パニックになっている。
「このドア壊す!」
「待て! 葉月! ドアを壊したら器物損壊。ここに入ったことが、バレるぞ?」
「でも、閉じ込められてるんだから……」
「葉月。冷静になれ! ここに霊的なものを感じるのか?」
「え? ううん。感じない」
「本当に、感じないんだな?」
「うん。感じないわ」
「じゃあ、何で閉じ込められてるんだよ。真空寺」
「もしかして、建付けが悪いだけかも。もう一度、確かめる」
俺は、もう一度ドアノブを回した。
「やっぱり、開かないな」
すると、部屋の外で誰かが歩いている音がする。
「ねえ。あ……足音、聞こえない?」
足音は、階段の方から聞こえてきていた。階段に一番近い部屋の前で立ち止まったのか、ドアを開ける音がする。
「誰かが、廊下を歩いてるわ」
足音とドアを開ける音が段々近づいてきていた。
「ドアを開けて、部屋の中を確認してるんだ」
足音は、隣の部屋の前まで来ていた。ドアを開け、しばらくすると閉まる音がする。やはり、凄い音をさせていた。
「どうしよう! 次、この部屋だよ!」
「シー……芙美ちゃん。静かに」
「皆こっちだ。ドアが開く反対側にいよう」
ドアは、内側に開く。この部屋のドアと壁の間に、子供四人が収まるくらいの、隙間ができそうだった。俺はそこにみんなを誘導した。
「真空寺ナイス。もし、開けられても、そこならすぐに見つからない」
全員、いつドアが開けられてもいいように、壁際に並んだ。
部屋の外では、誰かが歩いてくる音がする。この部屋のドアの前で止まっているのか、一瞬静かになった。
ガチャ……ガチャガチャ、ガチャ、ガチャ、ガチャ、ガチャ、ガチャ……。
ドアが壊れるのかと思うほど、勢いよくドアノブを何度も回された。
「ガチャン」と大きな音がしたと思ったら、鈍い音を立てながら、ゆっくりドアが開けられた。
一番前にいる葉月は、いつ見つかってもいいように、持ってきた木刀を握り締めている。その後ろにいる俺達は、徐々に開けられるドアの影になるように身を潜めた。
ドアは少し開いて、しばらくすると、そのまま閉まってしまった。ドアの向こうにいた誰かは階段の方へと行ってしまった。
「……行った?」
葉月はみんなに確認するように聞いた。
「うん、行ったみたいだな」
俺は小さい声で答えた。
「よ、良かったー!」
大神はそう言いながら、俺にすがりついて来た。
葉月と大神と芙美花は、部屋の真ン中で安心したのかへたり込んでしまった。
「真空寺。さっきの何だ? 幽霊か?」
「幽霊だったら、すり抜けるだろ?」
「ええ? じゃあ、何だったの?」
「さぁ、なんだろう?」
みんなが無事を確かめ合っている中、俺は窓際に歩いて行った。気付けば、だいぶ日が落ちてきていた。その部屋からは、正面玄関側の道が見える。
「ん? おい! 皆、あれ……」
「「「え?」」」
俺はみんなを窓際に呼んだ。正面玄関の道を数人の大人が懐中電灯を持って歩いている。近所の大人たちだろうか。談笑しながら公園の外に向かっているようだった。
「なぁ、真空寺、あれって?」
「そう言えば、この地区の大人たちが、夕方この洋館を見回ってるって、聞いたことがある」
「じゃあ、さっきここに来たのは、見回りの人か?」
「もしかしたら、そうかもな」
「なぁーんだ! つまんねぇーの!」
「あたし、もう疲れたよ」
「大丈夫? 芙美ちゃん。全部の部屋を確認できたんだし、誰かに見つかる前に、ここを出ましょう」
俺たちは入ってきた窓を通り、来た時と同じように鍵をかけその場を後にした。
公園内の街灯の下まで来ると、みんなほっとしたのか大きくため息を吐いた。
「ああ、怖かった! あたし、こういうの、もう無理!」
「オレは楽しかったけどな! 特に渡瀬が、何かあるたびにその棒振り回してるし!」
「それは! 皆に何かあったら大変だから……大神君こそ、私の後ろに隠れてたじゃない!」
「えー! だって怖かったんだもーん」
「ムカつくわね!」
「でも、渡瀬の慌てっぷりが見られたから、いいか!」
「ちょっと! こっちは気を張って……」
「ひどいよ! 大神くん! 葉月ちゃんのおかげで、何もなかったんだからね!」
「あ、赤岩……そんなに怒るなよ」
芙美花が珍しく、大神に怒っていた。普段、おっとりしているから、怒ること自体珍しい。それが効いたのか、大神はかなりへこんでいた。
「なぁ、葉月。あそこには、何にもいなかったってことで、いいんだよな」
「まぁ、うーん……そうね」
「あーあ、結局、何にもいなかったか! 残念!」
「ふぅ……皆が無事で、本当に良かったわ」
「お疲れ様、葉月ちゃん」
「やべっ! 結構、遅くなっちゃったな! じゃあ、皆、また面白そうなことがありそうなら連絡するな! またなー!」
「二度と行かないからね! 大神君!」
葉月は大神に息巻いたが、届いてなさそうだった。
「じゃあ、あたしたちも帰ろう」
「そうだね」
みんなは家路へと向かっていく。
俺を除いて。