番外編1
この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません。
小学五年生。夏休み前、最期の登校日。
「なぁ。肝試ししようぜ!」
明日から夏休み。暑いから早く帰ろうとしている中、前の席の大神透真が話しかけてきた。
大神は好奇心旺盛で、みんなを良く先導していた。そんな大神とは、このクラスで初めて一緒になって、仲良くなった。
「学校から一番近くの公園に林があるだろ? そこに家が建ってるの、知ってるか?」
「あたし知ってる。洋館が建ってるよね? 昔、あの土地を管理していた人の家だったって、聞いてるけど?」
俺の隣の席の女の子、赤岩芙美花が、嫌そうな顔をしながら答えた。芙美花は俺と同じ養護施設にいる。昔から俺と葉月と芙美花は、よく遊んでいた。でも、芙美花が何であの養護施設にいるのかは、知らない。
「お! 赤岩は知ってるのか! あそこって空き家のはずだろ? おかしなことにあそこで人影を見たんだ」
「くだらない!」
大神の隣の席の葉月が、横目で見ながら強めの口調で遮った。
「おお? なんだ? 渡瀬」
「くだらないわよ! 不法侵入して何が面白いわけ?」
「面白いだろミステリーの探求! 謎の解明!」
「わざわざ危険なところに行く必要ないでしょ! その人影だって、どうせ光の加減か何かで、そう見えただけなんじゃない?」
「渡瀬……お前って、意外と夢無いなぁ。はっはーん! 分かった! お前、導師の娘のくせして幽霊とか怖いんだろ?」
「怖くないわよ! 幽霊くらい!」
「じゃあ、大人の代わりにお前来いよ! これも導師の仕事だろ? 導師の娘なんだからこれくらいできるだろ?」
「いいわよ! 行ってやろうじゃない!」
あーあ、葉月は大神の挑発に、完全に乗せられたな。まぁ、俺には関係ないけど……。
「じゃあ、俺は帰るな」
「何、一人で帰ろうとしてるんだよ! 真空寺!」
「何、一人で帰ろうとしてるのよ! 昊!」
怖い顔をしながら、大神と葉月は同時に言ってきた。
「え、ええ? まさかコレ、俺も参加なの?」
夕方五時。
あまり遅くなると、「親が心配するから」と、この時間になった。
夏のこの時間はまだ明るい。日中の暑さも冷めていないので、汗が噴き出してくる。
広い敷地の中に、公園と林がある。公園は遊具などが置いてあって、子供たちの遊び場になっている。林のほうはジョギングコースが敷かれていて、木陰が涼しくさせている。この時間に走っている人や、散歩している人を多くを見かける。
だが、その林の一角に、誰も立ち寄らない場所がある。林の奥に進んで行くと、草木がうっそうと茂っていて、同じ敷地内とは思えないほど雰囲気ががらりと変わる。誰かが踏んで作った道を進んで行くと、そこに古い洋館があった。
その洋館は、地域の人から、『幽霊屋敷』と呼ばれていた。
「ねぇ、葉月ちゃん。今は……空き家、なんだよね?」
「うん、そのはず。やっぱ雰囲気あるわね……大神君、本当に人影を見たの?」
「おうよ! 人影が見えたのは二階なんだ」
「んー……」
「どうしたの? 葉月ちゃん」
「何か、この屋敷……変よ?」
「ちょっと! 怖いこと言わないでよ! 葉月ちゃん!」
「渡瀬、その、手に持ってるのは何だ?」
「ん? ああ、これ? 一応、護身用の木刀」
「渡瀬、お前……結構ビビってるんだな」
「失礼ね! 何かあった時用よ! こういう所は、何があるか、分からないんだからね!」
洋館の玄関は当然、施錠されていて入れない。
「大神くん、鍵がかかっているから、玄関から入れないよ?」
「へへ、表からは入れないんだけど、裏の勝手口の近くで、入れるとこ見つけたんだ!」
大神に案内されるまま、葉月と芙美花はついて行った。
「真空寺! 何してるんだ? 置いて行くぞ!」
「……ああ」
勝手口の近くの窓が、大人の腕が入るくらいの大きさで割られていた。大神はそこから手を突っ込み、窓の鍵を開ける。
上手く入り込めた俺たちは、一階から部屋を一つ一つ確認していった。
部屋の中は、暗く、足元がほとんど見えない。
「わあぁ!」
「何? 大神君! どうかしたの?」
「いや、足元見えづらくて、椅子があるの……見えなかった」
「ちょっと! 気をつけてよ!」
葉月は何故かピリピリしている。気合が入りすぎているのか、この後も空回りの状態が続いた。ことあるごとに、声を上げ、木刀を振り回していた。
一階、最後の部屋に入る。誰もいないことを確認していると、大きな布がゆらりと揺れ、覆いかぶさってきた。
「危ない!」
葉月は、持ってきていた木刀でその布を切ると、そこには誰もいない。
「葉月……これ、カーテンだな。窓が開いてて、大きく揺れたんだ」
「何よ! 間際らしい!」
「おい、渡瀬。ビビりすぎじゃね?」
「そ、そんなことないわよ」
みんなは次の部屋へ進むため、この場を後にした。でも、誰もいない洋館のはずなのに、なぜ窓が開いているのか、皆、気にも留めていなかった。