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「俺のは、あまり笑えないぞ? 大した話じゃないし」
「何で笑うんだよ。いいだろ? 聞かせてよ」
「んーー……まだ体も小さくて、力も弱かった頃。弟と一緒に、親に捨てられたんだ」
「え? 捨てられたの?」
「うん。で、食べ物探して彷徨っていたら、別の魔物の領域に入っちゃって……敵わないから逃げたんだ」
「戦おうとは、思わなかったんだ」
「いや、あれは無理だな。その頃、使える力も火を吐く程度。相手の魔物はかなり大きかったから」
「何と遭遇したの?」
「『巨人族』。ただそこに入っただけで、怒って追ってくるし、臭いし、最悪だった。でも、何とか逃げて、元居た場所に戻って危機を免れたっていう事があった。いやー、あの時はマジ怖かったな。危うく、アイツらの胃袋に収まるところだったよ」
「そんなことがあったんだ」
俺は不意に、修練場の入口の方へ視線を送った。
「? 昊、どうかしたのか?」
「ん? いや……葉月も初戦がバアルとだったら、絶対ビビりまくってたんだろうなって、思って」
「姉さんに限って、それはないだろ?」
「いやそれが、小学校のとき『肝試し』をしたことが……」
「ちょーっと、待ったぁ!」
話を進めようとした時、入口の方から大きな声を上げながら、葉月が走って入ってきた。
「あれ? 葉月いたの?」
「昊! あなたね……気付いてて言ってるでしょ?」
「さぁ? 何が?」
「え? 何? 昊! 『肝試し』のとき何があったの?」
「ああ、『肝試し』のときな」
「うんうん」
「ちょっと! ホント言わないでよ!」
「葉月が……」
「昊! 言わないでって!」
「ううん……葉月ちょっと……」
あまりにも話を止めようとするので、俺は葉月を弥生から少し離れたところに呼んだ。
「何よ!」
「弥生は今、自信を無くしてる」
「うん。そうみたいだけど」
「お前らが凄すぎるからなんだぞ?」
「え?」
「バアル戦は、格別だったことを言わないと、納得しない」
「んー……だからって、何であの時の話をするのよ! 本当に恥ずかしいのに……」
「まぁ、かわいい弟のためだから、なっ?」
「はぁ……分かったわよ」
「何? 教えてくれないの?」
「いや、許可下りた」
「なになに?」
「学校の近くの林に誰も住んでいない洋館があったの、知ってるか?」
「ああ、今は取り壊されてないよね?」
「あそこに、幽霊が出るって噂があったんだ」
「へー……」
「で、友達の一人が、『肝試し』をしようって言いだしたんだけど、葉月が『くだらない』って止めたんだよ」
「うん」
「でも、葉月の家が『導師』なのを知ってるから、わざと挑発して葉月を無理矢理、参加させた」
「ふんふん」
「いざ行ったら、葉月は気合入れすぎて空回り」
「ねぇ……もう、いいでしょう?」
「うん、昊、それで?」
「少し音がするくらいで、大声出すわ、すぐ手が出るわ、すげぇビビってたな」
「え? 姉さんが?」
「あ……あの時は! 父さん抜きで、そういう場所に行くのが、初めてだったから」
「まぁ、結局あの洋館には、何もいなかった。ただの噂だったってことだ」
そう、あの時だけ、ね。
「へー……姉さんが……」
「だ、誰だって最初は怖いし、失敗はするわよ! この間の戦いも……私だって傍観していただけだし。私も悔しいのよ?」
「え? でも、姉さん、昊を止めに入っていたよね?」
「違うわよ。昊が止まったから、介入できただけよ? あんなのと、戦えてる昊がおかしいんだから」
「だから俺は、覚えてないんだって! 泉さんが殺されるって思ったら、頭真っ白になって、気づいたら体ボロボロだし……あの時は結局、バアルの気まぐれに助かっただけだ」
「え? そうなの?」
「そ、たまたま、運が良かっただけ」
「弥生、『怖い』って思うことは別に悪いことじゃないわ。慎重になれるし。でも、それが嫌だっていうなら、場数踏みなさい! 弥生はすぐサボるんだから!」
「でも、オレ……母さんみたいに戦えない」
「あのね。誰が母さんみたいに戦えって言ったの? 弥生なりの戦い方を見つければいいの。まずは、できることからね」
「そうなのか、じゃあ、もっと戦いに出れば昊みたいに戦えるのかな」
「いや、俺が言うのもなんだけど、あれは正直参考にならない」
「はは、そっか、しばらく動けなくなったんだもんな」
「うっせぇ」
「うん、そっか、まずは光属性。もっとうまく、使えるようになるよ。皆のサポートは、できるようにならないとだもんね」
「うん、弥生なら母さんより使いこなせそうね。あーあ! まさか、私の一番の汚点を弥生に知られるとは思わなかったわ。昊の失敗談より、私のほうが長い気がするし……ていうか、あの時の話、する必要あった?」
「あったよな?」
「うん。オレには必要だった」
「何かこの数時間の間に、急に仲良くなっちゃって……そう言えば、『肝試し』のときの話で思い出したんだけど。やっぱり、あの洋館、何かおかしかったのよね」
「でも、何もいなかったんでしょ?」
「うん、あそこに入った時は、確かに何かいる気配があったんだけど……入った瞬間、なくなったっていうか。昊はあの時、何かいるとか思わなかった?」
「いや、全然」
へぇー……やっぱり、葉月は気付いていたのか。実はあそこに、俺の秘密の友達が住んでいたんだけど……それは言わないでおこう。
「ねぇ、何か……隠してること、ない?」
「ねぇよ!」
うわ、久々だな、この台詞。それにしても、葉月は本当、勘が良いな。
「ふーん」
葉月は疑いの目をしばらく俺に向けていた。だが、俺は知らんふりを続けた。
「さぁて、と、戻るかなぁ。あ! 泉さんが『今日は弥生の好きな物にしてあげて』って言ってたんだけど、弥生何が良い?」
「え? マジ? じゃあ、『オムライス』! たまごトロトロの!」
「へいへい。たまごトロトロの奴ね」
「昊って……いい旦那さんになりそうね」
「な、なんだそれ!」
よくそんな、恥ずかしいこと言えるな。
葉月とそんなやり取りをしている後ろで、弥生が何か、ぼそりと呟いていた。
「昊……りがとう」
「ん? 弥生、なんか言った?」
「べーつにぃ」
「そう言えば、泉さんが明日から弥生の事『扱く』って言ってたな」
「うげっ! マジかよ……母さんのは、怖いんだよなぁ」
良かった。弥生がいつものようにいてくれるのは、俺も安心する。
その後しばらくは、俺の魔力の安定化と称して、弥生の光魔法の実験台にされた。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。第四章完となります。
と、言いたいところなのですが、本編でも語られた『肝試し』を番外編として、作りましたので良かった読んでいただけると幸いです。(全三話)
少しホラーテイスト(そんなに怖くないとは、思いますが)なので、苦手な方は飛ばしてください。