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お昼過ぎ、弥生が一人修練場に入って行くのを見かけた。
この時間に、弥生がここに来るのは珍しい。
ついて行ってみると、光属性に慣れるためなのか、必死に魔法を繰り返していた。
「はぁ、はぁ……くそ!」
「弥生……何してるんだ?」
「! あ……そ、昊」
弥生は俺の顔を見るなり、そっぽを向いて修練場から出ようとしていた。
「オレ、もう行くわ」
「お、おい! ちょっと待った!」
この機を逃すものかと、俺も必死に弥生の腕を掴んだが、すぐに振り払われてしまった。
「そ、昊もここ使うだろ? オレはまた後で来るよ」
「待てって! 弥生に話があってきた」
「え? オレ?」
「うん。最近、弥生……俺を避けてる?」
「あー……うん」
明らかに、俺と話したくなさそうだった。
これ以上、聞かないほうが良いのか?
「ああ、悪い! 昔から弥生は俺のこと、嫌ってるのは知ってるんだけど」
「別に昊の事、嫌ってない……ただムカつくだけ」
「それって、どう違うんだ?」
「だって、姉さんは……あー、別にいいんだけど! それは!」
「?」
「オレ、ここ最近、昊のこと避けてたよ。申し訳なくって」
「申し訳ない?」
「オレ……昊と、あのバアルって奴が戦っているとき、全く動けなかったんだ」
「うん」
「何にも役に立ってないオレが、悔しくて……情けなくて」
「え? それで? 俺の事避けてたの?」
「だって、『怖い』って思ったらダメだろ? オレたちは、そう言う奴らと戦わなくちゃいけないんだから! それなのにオレは、姉さんに『結界張ったら安全な場所にいなさい』って言われて安心しちゃったんだ!」
「でも、結界張って、皆を守っていたんだろ?」
「安心しちゃダメだろ? オレ、導師になりたいんだぞ? それなのに、足が震えて動けないって……皆はどうして動けるの? 怖くないのか?」
ああ、なるほど……ここの人たちは当たり前のように、バアルみたいな奴らと戦っている。だから、委縮してしまったのか? そう言えば、葉月も同じようなこと、言ってたな。
俺は弥生とじっくり話をしたくて、修練場の真ん中で、お互い向かい合って安座した。
「怖いよ? 俺も」
「でも、昊は戦ってたじゃないか」
「戦ってたのは、過去の力。俺自身じゃない」
「? どういうこと?」
「俺の中の魔力が勝手に暴走して戦っていただけだから、正確には俺に意識はない」
「それも、昊の力なんだろ?」
意識あるときの俺は、バアルに全然、敵わなかったんだけどなぁ。
「んー……弥生は魔物との実践は、あれが初めてか?」
「弱い魔物の捕獲とかは手伝ったりしたことはあったんだ。でも、あんな強い奴を見たのはのは初めてで……」
確かに、バアルは飛びぬけて強いから、アイツが特別なんだけど……それを言ったところで、納得はしないだろうな。
「母さんも戦ってた。どうして戦えたんだろ?」
「泉さんは……実践経験が多いからっていうのもあるけど、守りたいものがあったから、だと思うよ」
「守りたいもの?」
「ここの皆だよ。弥生や葉月、樹さん。俺も含め、皆。だから、戦えたんだ。そう言えば、弥生はどうして導師になりたいんだ?」
「最初は、姉さんも修行してたし、強い自分ってカッケーじゃん! って思ってた。普通の人とは違う能力あるのスゲェ! って……でも昊とか見てたら、『カッケー』とか言ってるの恥ずかしくなっちゃたんだよね」
「ん? 何で俺?」
「昊って常に、何かに狙われてるだろ?」
「う……うん」
「ずっと、そうやって戦っている人がいるのに、オレ、何もできてないなって……人を助けるために導師はいるのに。で、実際、魔物を前にしたら動けなくて」
「でもそれって、経験値の差じゃないか? 自分で気づけたんだから、すごいな」
「じゃあ、もっと戦えば平気になるのか?」
「どうだろ? それは、弥生次第じゃないか? まぁ、まだあんな奴がいるって認識できたわけだし、あの場にいただけでも凄い経験になってると思うけど?」
「そうなのかな?」
弥生は俯き、そのまましばらく黙ってしまった。いつもの弥生からすると、こんなに沈んでいることは珍しい。
バアルのことが相当怖かったんだろうか?
「アイツは怖いよな」
「……え?」
「バアル……人間になって、つくづく思うわ」
「ドラゴンだった時は、感じなかった?」
「んー……感じなかったな。『やべぇ奴来た』って感じだった」
「そうなんだ」
「昔はあんなのゴロゴロいたんだな。考えるだけでも恐ろしい」
「昊は、怖いって思ったことはないのか?」
「ついこの間、バアルと戦った時?」
「そうじゃなくて! んー……じゃあ、初めては?」
「前世だな」
「前世? てことは魔物だった頃?」
「ああ」
「聞きたい!」
「えー……」
弥生は、興味津々だ。コイツが俺の前世に興味を持つのは珍しい。
うーん、恥ずかしい話だし、参考になるようなことでもないんだよな。