5
葉月の部屋の前に行くと泉さんが言っていた通り、二人は喧嘩していた。
「あーーーーーー! もう、うるさいな! 着替えるから入ってこないで!」
「葉月! この事はどういう意味か、分かっているんだろうな!」
「だから、聞こえなかったって、何度も言っているでしょう! 私は選ばれてないの! これ以上話すことない! 終わり!」
バン!
「葉月!」
思いっきり絞められたドアの前で、樹さんは不安そうにしていた。
「いったいどうして?」
「樹さん」
「ああ、昊君。葉月がこんなことするなんて今までなかったのに……すまないね。みっともないところを見せて」
「いえ。でも、本当に聞こえなかったのかもしれませんよ? もし、そうなら結構ショックなんじゃないですか?」
「うう……そうだな。昊君の言うとおりだ。あの子にはどうしても、期待してしまって……」
「とりあえず、俺が話聞いてみてもいいですか?」
「うん、そうしてくれるか? 葉月……疑ったりして悪かったな」
そう言って、樹さんは寂しそうにその場から離れた。
コンコンコン。
「葉月……俺だけど、少し話せないか?」
すると、静かにドアが開いた。そのドアの隙間から、葉月はこちらを伺っている。
「昊、一人?」
「ああ、うん。樹さん、謝ったら行っちゃったよ」
「そう……とりあえず、入って」
「え?」
「何? 嫌なの?」
「嫌じゃないけど……」
女の子の部屋、入るの初めてなんだけど……。
「じゃあ、どうぞ」
「お……お邪魔します」
入って見ると、葉月の部屋はきちんと整理されていて、かわいいぬいぐるみが並べられている。部屋の真ん中に小さいテーブルがあり、座布団が敷いてあった。俺はそこへ座るように、案内された。葉月はベッドの上へ座り、「ふぅ」っと息をつく。
座ってもなんとなく落ち着かず、つい、キョロキョロしてしまう。
やばい、これは、思いのほか緊張するぞ。
「あまり、ジロジロ見ないでくれる?」
「あ、ごめん」
「で? 昊も父さんと同じく説教しに来たわけ?」
「いや、実際どうだったのか気になっただけ。本当は聞こえてたんだろ?」
葉月は少し、顰めっ面をしながら頷いた。
「やっぱりか……何で、聞こえてないって言ったんだ?」
「父さんには……言わないでほしい」
「? うん」
「私、闇の精霊と契約したいの」
「え? 闇と? それはどうして?」
「光属性の魔法は素晴らしいんだけど、ほとんど援護の魔法しか使えないの」
「ん? うん」
「闇の力は攻撃魔法が多くて……その」
「ああ、戦いに徹したいと?」
「う……うん。そう……何だけど、それと、もう一つ」
「それと?」
葉月は俺の顔をじっと見てきた。しかし、俺と目が合うと、すぐに逸らされてしまった。
「あ、ううん……それと、闇との契約は難しいから、できるか分からないんだよね」
「? ふーん。そうなんだ」
「あと、弥生には言わないとかなって」
「精霊の声が聞こえてたこと?」
「うん。相当びっくりしていたみたいだし」
「うん、そうだな。でも、何で弥生は葉月が聞こえてること気付いたんだ?」
「え? ああ、それは……精霊の口があまりにも悪くて、心の中で叫んじゃったのよね『うるさい』って」
「ああ、そー、なんだ」
「それで、精霊が『やっぱり、こいつら泉の子供だわ』って言っていたから、それで?」
泉さんの言う通り、この精霊はあまり良い性格じゃあ、なさそだな。
「闇属性も今日と同じような継承の仕方をするのか?」
「ああ、うん。やり方は一緒だと思う。誰が継承しているのか、分かっているのは一人」
「へー。誰?」
「『魔導士』様」
アイツか……ことごとく出てくるな。
「それ以外は? 何人かいるんだろ?」
「うーん。闇を使える人は、伏せられているのよね。あとは自力で探すしかないかな」
「まさかその辺に、ふよふよ浮いてるとかじゃないだろ?」
「……もしかしたら、浮いてるかも」
「え?」
「所有者が突然亡くなっている場合、次の後継者がいないから……解放されて、その辺に飛んでるかも」
「そんなアホな」
「というのは、冗談よ」
真顔で言うなよ。マジだと思うだろ。
「所有者が亡くなっている場合、媒介を探すの」
「媒介?」
「所有者が持っていたもの、若しくは、その人の最後に立ち会ったもの」
「それは物か?」
「人の場合もあるわ。その場に居合わせたとか……」
「とりあえず、使っている人を探さないといけないんだな」
「そうね。それから、後継者に認めてもらわないと」
「時間かかるんじゃないか?」
「それも覚悟の上よ。それに、今回の事で弥生も少しは、自信がつくでしょ?」
「ああ、弥生と言えば、何か俺、避けられているような気がするんだよね」
「弥生に?」
「ああ」
「それは……うん。そうかも」
「? 何か、知ってるのか?」
「あー、んー……本人に聞いてみたら?」
「聞きたくても、すぐどっか行っちゃうんだ」
「うーん。まぁ、そのうち話してくれると思うけどね」
何か含みのある言い方だな。とりあえず、弥生と話をしてみるか……。