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「まず確認ね。武器は無し、魔力での肉体強化と魔弾は有り」
「魔弾?」
「魔力の塊。属性はないから、かなり弱い。やったことない?」
「ああ、ある。弱い魔物とか追い払うのはこれで十分だしな」
「勝敗はどっちかが、床に倒されるまで、でいいかしら?」
「うん」
「うん、よし! じゃあ、やろうか。体術は手を抜かないわ。いいわね?」
「ん、わかった」
お互いある程度の距離をとった所で、大きく深呼吸をした。
筋力を上げるために、魔力を全身に流す。それと同時に、力が湧き上がってくるのを感じる。
葉月と手合わせは初めてだな。でも今まで、弥生との手合わせを見てきたから、大体の手の内は分かっている。葉月はいつも、突っ込んできて、パンチを繰り出してくるはず。
「「よろしくお願いします」」
二人同時にお辞儀をする。
葉月、どこから来る?
顔を上げて目が合うと、それを合図かのように先に葉月が動いた。
ゆらりと動いたかと思ったら、フッと視界から消えた。目だけで周囲を確認すると、左方向から気配を感じる。葉月の姿を捉えた時には、右手の拳を振りかざし、突っ込んできていた。
予想通り。
葉月の動きは、何とか目で追えている。拳を受け止め、静止させようと手首を掴もうとするが、うまく逃げられてしまう。かわした葉月はバク転をしながら俺の手を弾き、その最中、魔弾を打ってきた。
「くっ!」
俺は顔の前で腕をクロスさせ、それをガード。すかさず、開いた間合いを詰め、下段廻し蹴りを入れようとするが葉月に避けられてしまった。
「昊、体術覚えて動きが良くなったね。せっかくだから魔弾、打ってきたら?」
くそ! 余裕見せやがって!
まるで、指導だ。拳技や蹴り技を出しても、流れるように避けられてしまう。
ここに来る前はがむしゃらに殴っていたが、ここで格闘の基礎を習って体の使い方を学んだ。だが、葉月たちに比べれば、まだまだひよっこなのは事実。
「お前はピョンピョン跳ねるな! まどろっこしい!」
「だって、力じゃもう、昊に勝てないもの。私は捕まったら負けでしょ?」
俺の強みは魔力の多さ。まず、葉月の動きを封じないと。
「じゃあ、遠慮なく魔力を使わせてもらうぞ」
俺はできる限り、多くの魔弾を創り出した。
「え? ちょ……多くない?」
「これぐらい避けられるだろ?」
「わぁ! ちょっと、嘘でしょ?」
いくら弱い魔弾とは言え、当たれば衝撃はある。葉月は俊敏さを生かして逃げ回っているが、俺が放ったのは追跡弾なのでどこまでも追っていく。
「さすが、というべきか……数が多い! それも追跡弾だなんて……」
うん。これで少し、動きが読みやすくなった。
もう一度、魔弾を放ち挟み撃ちにしようとしたところで、葉月が急に立ち止まり、身構えた。
「はぁぁぁぁぁ……」
パァァァァ……ン!
葉月は気合と共に魔力を放出させ、俺の放った魔弾は全て掻き消された。
「だが、これで!」
この瞬間を待ってたんだ。
すぐに、葉月に近づこうとするが、衝撃波の様なもので体が押される。それにも負けず、葉月の腕を掴もうとした。ところが、逆に捕まれ、気付けば俺の体は宙に浮いていた。
ダァァァァーン!
「うぐっ!」
「はぁ、はぁ、はぁ……危なかった。昊、大丈夫?」
「はぁ……くそ、やっぱ、つぇーな」
「ふぅ……ふふ。でも今回は、私も危なかったわ」
ベェィン!
すごい音が修練場の中に響き渡る。
「おかしいわね。外の音が聞こえる何て……あっ」
入口の方を見ると、樹さんが結界に顔を押し当て、中を覗き込んでいた。
「あー、ははは……父さん、起きてたの?」
葉月は空笑いして、何故か焦っている。
結界を解くと、樹さんはずんずん修練場に入ってきた。
「と、父さん! おはよう! もうそんな時間だった?」
「もう、そ・ん・な、時間だよ。葉月? 昊君?」
修練場の窓から外を見ると、だいぶ明るくなってきていた。
樹さんは苛立っている。夜中にこんなことをしていたせいなのか?
「あの、葉月は別に悪くないって言うか、俺に付き合ってくれただけで……」
「うーー! 何で、お前たちだけで、面白そうなことやってるんだ?」
「へ?」
「あー……やっぱりね」
葉月は頭を掻きながら、苦笑いをしている。樹さんは何故か、もの凄く悔しがっていた。
「乱取り稽古。私も昊君とやってみたかったのに!」
「しょうがないでしょ? それに父さんと昊がやったら、絶対怪我どころじゃなくなるわよ?」
「樹さん、怒ってるわけじゃないんですか?」
「怒らないよ。もうそろそろ、昊君と魔力を使った手合わせは、したいと思っていたんだ。体術もだいぶ覚えてきたしね。でもぉ、私が一番に相手したかったぁ! 葉月ー……私の楽しみとらないでよぉ」
「た、楽しみ?」
「あー、父さんは弟子の成長を一番最初に感じたい人なの。だから、こういう乱取り稽古は、いつも父さんが最初だったんだけど、今回は私が奪っちゃったってわけ」
「あー……」
「葉月のせいで、楽しみが奪われたー」
「そんなにショックだったら、さっさとやればよかったのよ!」
「やるつもりだったさ! 今日あたり言おうと思ってたのに!」
「はいはい。ごめんなさい! じゃ、私、朝食当番だから戻るわね」
「え? 葉月?」
「じゃあ、昊、頑張ってね」
葉月、樹さんを俺に押し付けていきやがったな。
「あー、葉月」
樹さんは先程の態度から一転、急に真面目な口調で呼び止めた。
「何? 父さん」
「今日、契約の儀式やるからな」
「うん……分かった」
葉月は、こちらを見ずに静かに答え、母屋の方へ行ってしまった。
「契約の儀式? ああ、泉さんが使ってた『光属性』の?」
「うん、そう。昨日、泉も帰ってきたからね」
「今日、するんですか……」
「うん。『光属性』は貴重だからね。早急に決めておきたいんだよ。血縁者がいれば、優先して契約できるか試せるんだ。まぁ、血縁者のほうが、引き継げる可能性が高いっていうのもあるけどね」
「へぇ……」
すると、弥生が神妙な面持ちで修練場に入ってきた。
「おはようございます」
「おはよう。弥生! ちゃんと準備をしておきなさい」
「はい」
「弥生、おはよう。何か、最近元気ないけど……」
「え? そんなことないよ! 何言ってるんだ?」
弥生は何となく、俺を避けている気がする。ここの所、俺と目が合うと、顔を背けてどっか行ってしまうことが多い。
それも、あのバアル戦の直後から。
俺、何かしたっけな?
そう考えている中、後ろから俺の肩に手を置き、樹さんが話しかけてきた。
「昊君! まだ魔力残ってそうだね?」
「え? あー、いやー……」
さすがに疲れたので「休みたい」と言うと、樹さんは不満げに弥生の指導をしていた。