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「今ここに結界張るわね」
「結界?」
葉月が修練場の壁に手をつけると、膜の様なものが全体を覆いつくしていく。
「よし! これで大丈夫」
「結界って?」
「ああ、結界は普段、魔物や異能者と戦うとき使うの。一般の人を巻き込まないようにするためにね。前に昊が河川敷で戦った時も、この結界を弥生に張ってもらってたのよ」
「てことは、魔力で造った壁か?」
「そうね。試しに、この結界に何か魔力を使ってみて」
「ああ」
俺は魔力で風の玉を作って、壁に向かって投げた。すると、風の玉は壁にぶつかった瞬間、はじけ飛んでしまった。
「あれ? 結構、魔力強めで作ったんだけどな」
「結界が張ってあれば、そこに当たった魔力は飛び散ってしまうの。防音にもなるし、中で大暴れしても、ある程度は大丈夫」
手で触れると、ガラスを触っているような感じだった。
「へぇ……でも外からは? 入れないのか?」
「そう滅多には、ね。例えば、私より相当強い術者でも壊し方を知らなければ、入れない。それと、魔力が無いと、いつもと同じ風景にしか見えないの」
「外から遮断できるのか。便利だな」
「あとは術者が弱ったりしなければ、結界は張り続けられるかな」
「弱ったり?」
「魔力が無くなったり、攻撃されて意識が無くなったり」
「なるほどね」
「さぁて! これで父さんたちも起きてくる心配はないし! 大いに暴れられるわ!」
すると、葉月は念入りに準備運動を始めた。
「ん? 暴れる?」
「だーかーらー! 私と手合わせしましょ?」
「え?」
「何よ! 嫌なの?」
「嫌だ! 葉月と手合わせなんて、冗談じゃない!」
ただでさえ、葉月のほうが強いのに!
「何でよ! 昊にとっても魔力の発散になるし、丁度いいじゃない!」
「いや、だって……葉月と戦うのは……」
「昊もだいぶ体術慣れてきたし、そろそろ相手してほしかったのよね」
「いや、そうは言っても、もしかしたら……」
「何? 私に怪我させたくないとか、思ってるんじゃないでしょうね?」
正直、思ってます。
「私がそんな柔な人間だと思ってる? ああ、昊はバアルと戦って、自分は強くなったって思ってるんだ」
「違っ! そんな事思うかよ! ただ、魔力の加減ができないから、大怪我させて傷でも残ったら……」
「私が、皆から白い目で見られるとか?」
「う……」
「ぷっ! あはははははははは!」
「な……何で笑う! 大事だろ?」
「傷の一つや二つ、増えたところで変わらないわよ」
そう言うと、着ている七分丈のTシャツをめくって見せた。かなり薄くはなっているが、腕に傷跡が無数についている。
「え? この傷」
「どうしても、腕でガードしちゃってねー。家族以外の前ではできるだけ、見せないようにしてるんだ」
そう言えば、夏の暑い日でも長袖を着ていたな。あれは、腕の傷を隠していたのか。
「ありがとう気遣ってくれて……でも大丈夫よ? ほら、顔には傷、作ってないでしょ?」
葉月は自分の頬を指しながら、屈託のない笑顔を見せた。
「う、ん」
「ね? 避けるの、上手いんだから! まぁ、だから気にせず、手合わせお願いします」
俺に手を合わせて、懇願している葉月の腕は、他の同級生の綺麗な腕とは違っていた。
「俺の魔力、分けてあげられれば良かったのに……」
「ん? 昊、何か言った?」
小さい声だったから、葉月には聞こえなかったらしい。でも本心だ。
俺は魔物の魔力のおかげで、傷の回復は早く、傷跡もほとんど残らない。
葉月にとったら、この腕の傷跡は名誉の様なものだから気にしてはいないのだろう。しかし、他から見れば痛々しい。だから余計、これ以上傷を作ってほしくない。
「なぁ、葉月やっぱり……」
「やらないとか、言わないわよね?」
「え?」
「許さないわよ? 私だって、あんな戦い見せられて、悔しいんだから!」
「あんな……? ああ、バアルと戦った時か?」
「何なのアイツ! あんなのがまだこの世界にいるっていうのが信じられない! よくあんなのと戦ったわね! 昊!」
「俺は全く覚えていないんだけど?」
「手が出せなかった自分が情けない! もっと修行しないといけないのよ! こんな近くに、あんなのと戦える力を隠し持っている人はいるし!」
「だから! 覚えてないんだって!」
「でも、昊自身、このままじゃ太刀打ちできないって思ってるんでしょ?」
コイツ……俺の心、読んだのか?
「いや、でも葉月……」
「とにかく! 私は実践を積みたいの! 魔力を使った実践をね!」
「まぁ、それは分かるけど……」
「そうでしょ? こればっかりは実践あるのみなのよ!」
「うーん。まぁ、そうだけど」
「魔力を思いっきり使う事なんて、修行でもなかなかできないのよ? こうやって結界張るのだって大変なんだから!」
結界を張るのが、大変そうには見えなかったが?
「でもまぁ、確かに魔力を思いっきり使えるのはいいけどな」
「でしょ? ということで、始めましょうか!」
「えー……あー、うん」
うーん、うまく乗せられた気がする。