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次に目を覚ましたのは、葉月の家だった。
「良かった! 目が覚めたのね」
そう優しく声をかけてくれたのは、葉月の母親の泉さんだった。声を出そうとしたが、喉が張り付いたようで、まったく出ない。そんな俺を見て泉さんは優しく頭をなでて「大丈夫」と笑いかけてくれた。俺はその手と笑顔に、すごく安堵した。
「無理しないで、昊くん……五日間、目が覚めなかったのよ」
どうりで体が重いわけだ。体がまるで、あちこち接着剤で固められたかのように動かない。
「起きてみる? ゆっくりでいいからね。今、水を持ってくるから……」
「母さん、持ってきてるよ」
泉さんの後ろに、水差しとコップをトレイに乗せた葉月が立っていた。
「葉月……ありがとう。昊くん、手伝ってあげるから、少しずつ飲みましょう」
そう出された水を少しずつ口に含みながら、コップ一杯を飲み干した。
「お医者さんを呼んでくるわね。葉月……昊くん、見ててあげてね」
泉さんの背中を目線で追いながら部屋の入口を見ると、葉月の父親の樹さんが険しい顔で立っていた。しかし、樹さんは俺と目が合うとすぐにその場から去っていった。
「見ていてくれ」と頼まれた葉月は、俺を睨みつけていたが、少し涙目だった。
「……何? 葉月……怒ってる?」
「私に何か……隠してること、ない?」
またそれか……いっそのこと言うか? あそこに来た人は、確実に俺が人間じゃないと気付いたはず。それに渡瀬家は全員、異能持ちだ。気付いていても、おかしくない。あの場所に来ていたのは葉月なのか……。違ったら、変なことに巻き込みそうだし、説明するのが面倒だ。でも、あそこで聞いた声は? ここはとりあえず――
「……俺をここに運んでくれたのは?」
「父さんよ」
「葉月は? あそこにいなかった?」
「私? あー、私は……家にいたの。そしたら……父さんが、あんたを連れてきたのよ」
「……そうか」
じゃあ、樹さんが? でも、あの声……女の声だった気がするんだけどな……。葉月じゃなかったのか。
「あのさ……オジさん、誰かと一緒じゃなかったか?」
「え? い……一緒じゃなかった……よ? なんで?」
「んー……いや」
何となく、また嘘をついていると思った。きっと、樹さんだけじゃなかった。葉月は何かを隠している気がした。
「……ねぇ。昊」
「うん?」
「本当に隠してることない?」
お互い様だ。葉月は何かを隠してるから、俺も言いたくない。
「……うん。ない」
「……そう」
葉月は少し寂しそうに笑った。その顔を見た瞬間、俺は心臓がぎゅっと痛くなった気がして、葉月の顔を見ていられなくなった。
「でも……良かった。何事もなくて」
葉月は小さく呟いた。
その後は、お互い下を向いたまま目を合わせず、医者が来るのを待った。
医者からは特に異常はないと言われ、倒れたのは何かストレスを与えられたのでは、と説明された。たぶん、溜まった魔力が暴走しかかって、あそこにある『何か』にそれが反応したように思うが、そういう事にしておいた。
樹さんに、どうしてあそこに行ったのか尋ねられ、俺は「あの木が気になった」と答えた。すると樹さんは、困ったような顔をして、
「あの山は人の手が入ってなくて、いろいろ危険だから入ってはいけないよ! 君はまだ小さい……こんな危険なことはしないでくれ」
と、約束させられた。
次の日、葉月は俯いたまま目線を合わせてくれない。
「……私に隠してることは、ないんだよね?」
「……うん」
「そう」
威圧感もなく、ただ静かに聞いてきた。今までの勢いがない分、なんとなく張り合いがなかった。
――あの後俺は、力の発散方法を見つけた。定期的に力を使えば暴走を抑えられるとわかり、その辺りで悪戯をしている魔物や霊の類を見つけては力を使い、追い払うようにしていた。
けれど、そんな都合よく魔物や霊がいるわけでもなく、俺は結局、樹さんとの約束を破り、あの塚へ月に一度通うようになった。不思議と、そこでは力が自然と制御できた。
葉月はあの時以来、挨拶はするが会話はせず、俺の返事を聞いたらその場を離れていく。
そんな葉月の姿を見ると何故だか、あの時の寂しそうな顔がふと浮かぶ。
これで良かったのか、正直に言うべきだったのか――
心が、疼く日々が続いた。