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バアルとの戦いから三週間。
夜中の三時。
「うっ……今日はこんなに、疼くなんて」
あの時から魔力を使っていない日は、右腕が疼くようになった。皮膚が硬質化していき、腕に心臓があるのかと思うくらい脈を打っている。
まるで、魔物化が進んでいるようだった。
こういう現象は大体、夜中に起こる。修練場は母屋から少し離れているので、何かあってもすぐ皆に被害が及ばない。この疼きが治まるまで、ここに籠らせてもらっている。
俺は修練場の真ん中で、大の字になって寝そべった。
修練場の中はひんやりとして、静かだ。
「ふぅ……困ったな」
こう静かだと、いろいろ考えてしまう。
両親の事、魔力のコントロール、これからの事。
両親のことは寝耳に水だった。まさか、バアルが犯人だったとは思わなかった。
あとで、あの火事のことを調べたら『漏電による出火』となっていた。当時の俺は五歳。目の前で、両親が殺されたのを見ている。だが、誰かに「魔物が犯人だ」と伝えたとしても、信じてもらえなかっただろう。
でも一つ疑問が残る。
俺はどうやって助かったんだ?
自分一人で逃げたとは考えづらい。両親が殺された後ことは、思い出せずにいる。
それと困ったのが、魔力のコントロール。あの戦いの後、体の一部を魔物化しないと、上手く使えなくなっていた。
今のところ、魔力を使う場面に出くわしてはいない。最近の修行は体術が中心で、魔力を使うことが無かった。その代わり、そういう日の夜、こうして腕が疼くようになっていた。この状態になっていることは、他の人にバレていないと思う。
バアルに対抗するには、もっと魔物の力を引き出せないと、太刀打ちできない。ただ、魔力を使うたび、魔物化が進んでいるような気がする。これ以上魔物化して大丈夫なのか、不安が募る。
人間の体で、魔物の力を使うことがこんなに難しいなんて……またいつ、襲撃されるか分からない。早く竜王に、会いに行かないと……。
竜王は、この地で起きたことを把握する力を持つ。会えば何かしら、ヒントをくれるはず。
しかし、それ以前に竜王の所に行きたくても、人間が簡単に行ける場所ではない。今の俺の力では、すぐに行くのは難しい。それに、前世がドラゴンだったとしても、今の俺を相手してくれるかわからない。
どうしても、気持ちだけ焦ってしまう。
とりあえず、今はできることからやろう。
「っ……それにしてもこの腕、こう毎晩だと……さすがにきついな」
「昊?」
その声に思わず飛び起きた。
「! ビックリしたー! 葉月かー!」
俺はとっさに右腕を葉月に見えないように隠したが、すでに様子がおかしいことに気付いたらしい。すぐに血相を変えて、駆け寄ってきた。
「何? どうしたの? この腕!」
「あー……ちょっとね」
「皮膚も固くなってる……昊がワザとやってる訳じゃないでしょ? もしかして魔物化、進んでるんじゃないの?」
「いや、進んでは、いないと……思う」
本当に、葉月は良く気が付くな。
「もしかして、あの時、半分魔物化したから?」
「うーん、そうかな? まぁ、日が昇れば治ってくるんだけど……」
「! もしかして、あの時からずっと?」
「え? ああ……まぁ」
「何で早く言わないのよ!」
「いや、我慢してれば、そのうち良くなるかなーって……」
「……それで? 少しは良くなってるわけ?」
「……なって、無いです」
「…………」
葉月は俺の腕を見ながら、だんだん眉間にしわが寄っていく。
うわっ、すっげぇ怒ってる?
「ねぇ、あの時、『手伝えることがあったら言って』って……私、言ったよね?」
「言ってましたね」
あの日のことは、葉月に醜態をさらしてしまったから、俺としては消し去りたいんだけど……。
「私、力不足?」
「ち……違う! 夜中だから、気を使っただけだ!」
葉月は少し寂しげな顔を見せた。
俺はどうもこの表情に弱い。これは罪悪感なのか、それとも……。
「あー……本当に! 起こすの、悪いなって思っただけ」
「本当に?」
「うん」
「わかった。でも、本当につらいんだったら言ってよ?」
「はい」
「それで? コレはどうしたら治るの?」
「まぁ、朝には治るんだけど、こうなるのは、魔力をあまり使っていない時に起こりやすいんだよな」
「最近、体術の修行しかしてなかったもんね。あの塚の所に行くのは?」
「一回行ったんだけど、あまり効果はなかったな。むしろ魔物化を助長している感じがした」
「逆効果なのね。じゃあ、魔力を使うほうがいいのかしら?」
「たぶん、そうかな。一人で暴れる訳にも行かないし……腕が疼くくらいだから、朝まで我慢してたけど」
「そうだったのね。うーん、光属性の力があれば、少しは違ったのかしら?」
「え? 光属性?」
「うん。光属性は、体の傷を癒す魔法もあるんだけど、魔力を安定させる魔法もあるの。昊が小さい頃、暴走して、家に運び込まれてたことがあったでしょう?」
「ああ、五日間、目が覚めなかったって言ってたときか?」
「あの時は、母さんが定期的に光の魔法を昊に使って安定させてたの。だから、変な暴走はなかったでしょ?」
「うん、確かに……え? じゃあ、完全にドラゴンになった時は?」
「ああ、あの時は玄関先で抱きしめられたでしょう?」
「うん……え? あの時、光の回復呪文使ってたのか?」
「うんそうよ。あの時は、あまり魔力がなかったから傷を治すことは難しかったけど、魔力を安定させることはできたみたいだからね。母さんそういう事、さりげなくするから、すごいわよねー」
「あの時、抱きしめられたのは、そういう事だったのか」
「ショック?」
「いや、ショックじゃないし!」
「本当かなー」
葉月は目を細め、ニヤニヤと俺の方を見てくる。
本当に違うのに。
「お前な、この間から……」
「うーん」
「ってオイ! もう聞いてねぇのかよ」
葉月は何か考え込みながら、修練場の壁に向かって歩き始めた。
「うん。魔力の発散をしよう! 昊、動ける服装に着替えてきて」
「え? 今から?」