10
その日の夜。俺は泉さんの病室を訪ねた。
「わぁ嬉しい。ほんとに来てくれたのね。昊くん!」
「どうしても、聞きたいことがあって……」
「? なぁに?」
「なぜ俺を庇ったんですか? 一歩間違えば、泉さん死ぬところだったんですよ?」
「…………」
「母親でもないあなたが、俺に対してあんなふうにするのは、どう考えてもおかしいです!」
泉さんはいつもと同じように笑みを浮かべていたが、だんだん表情が曇っていった。俯いたまま、しばらく沈黙が続き、目を閉じ大きく息を吐いた。
「あなたは、わたしの親友の忘れ形見。どうしても守りたかったの」
「忘れ形見?」
「あなたの母親は『宝条華』。結婚したから『真空寺華』ね。学生の頃、親友だったの」
「え? 母さんと?」
「ええ、大学進学と共に交流は絶えてしまったので、どこで何をしていたとかは、昊くんがここに来るまでわからなかった」
「そうだったんですね……俺は火事で何もかも燃えてしまったので両親の顔は分かりません。でも、泉さんは知ってるんですね? 母のことを」
「ええ……親友って言っても、実は喧嘩友達だったの。当時のわたしは、ちょっとやんちゃだったから……エヘ」
泉さんは少し照れながら笑っている。
しかし、今の泉さんからあまり想像ができない。この泉さんがやんちゃ?
「あなたのお母さんは当時、導師見習いだった。もうすでに魔物も退治していたくらいだったし、わたしは何度も助けられたわ」
「母は導師だったんですか?」
「ええ、わたしは何かと取り憑かれやすい体質で、いつも問題を起こすほう。取り憑かれた時の対処法も教わったのに、学習しないからよく喧嘩になっていたの」
「は、はぁ……」
「彼女は優秀だったわ。何でもできて、体力も魔力もあって」
「そうなんですね」
「あっ、話に聞くと巫女の家系に生まれたとかで、憑き物を払ったりするのは、小さい頃からやっていたって聞いたわ。だからわたしの体質にも気付いてくれて、何かあればすぐに助けてくれたの」
「母の家系が巫女?」
「あなたの父親、真空寺家はちょっと変わった家柄だったみたい」
「そうなんですか?」
「あなたの父親は『真空寺隼士』さん。会ったことはないのだけれど、導師をやっていたらしいわ。でも導師の中でも、あまり知っている人はいなくて……その」
「? 何ですか?」
「真空寺家は昔、魔物と契約して力を得ていたと言われているの」
「!? そ……それは、本当ですか?」
「不確かなことだから、信憑性に欠けるのだけれど、真空寺家と関りがあった人から聞くと、そう言っていたらしいの」
「それで、なのか……」
バアルが言っていたことは、ある意味正しかった。普通の人だったら、この眼は使えない。でも、真空寺家の人間が魔物と関わっていたのなら、あり得ることだ。俺の中にもう一つの魔物の力が存在する。だから、人間の体で魔眼球が使えているんだ。
「あなたのお母さんとは喧嘩ばかりしていたけど、当時のわたしには救いだったわ。だから、どうしてもあなたを守りたかったの」
「……でも、いくらなんでもやりすぎです」
「ふふ、心配かけてごめんなさい。でも、もうわたしは戦いの場に出ることはないから、安心して」
「? それはどういう……」
「体がもうボロボロで、精霊たちに嫌われてしまったの。力が使えなくなっちゃった」
「え? そんなことが、あるんですか?」
「まぁ、あまり好かれてはいなかったから、仕様がないのだけれど……これで、引退。でも葉月も弥生も、まだまだなところがあるから、心配なのよ。あの子たち大丈夫かしら?」
「俺からすれば、あの二人は強いとは思いますけどね。特に葉月は」
「あら? ドラゴンだった君が言うんじゃ大丈夫かしら? ふふ。昊くんも無理はしないでね。もう、わたしはあなたを守れないんだから……」
「いえ、もう守られる側は沢山です。今度は守る側になります」
ふと、泉さんお顔を見ると頬を赤らめて目をキラキラさせている。
「やだ! ちょっと! なんか告白されているみたい! 昊くんてば! 相手はわたしでいいの? でも、わたし樹さんの奥さんだし……」
「え? あ、あの……泉さん?」
「昊くん? やっぱりわたしには、樹さんという素敵な旦那様がいるから諦めて!」
「あ……あの、諦めて、も何も……」
「でも、わたしは昊くんを葉月の婚約者にすること、諦めていないですからね! ふふ」
その後すぐ、見回りの看護師さんがきて、「うるさい」と怒られた。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます! 第三章完です。
どうぞ、これからもよろしくお願いいたします。