8
次に目を覚ますと、辺りが白い。そこは、病院のベッドの上だった。
息苦しさも体に痛みもない。さっきまで戦っていたような気がしていたのに嘘のようにすっきりしている。
「昊?」
顔を横に向けると、葉月が座っていた。
「昊! 目が覚めたわね? 良かった! わかる? ここ病院なの」
腕には点滴が打たれている。
「今、看護師さんを呼ぶわね」
しばらくすると、担当医が来て異常がないか確認をしにきた。
「うん、大丈夫そうだね。一応、もう一日入院して、問題がなければ明日退院して大丈夫だよ」
「ありがとうございます」
病室には、俺と葉月が残された。葉月は何故かそわそわしている。俺も聞いていいのか戸惑った。泉さんがその後、どうなったのか……。
最初に口を開いたのは葉月だった。
「良かったね! 明日、退院できそうで」
葉月は目を合わそうとしない。あれは夢ではない、現実だ。やっぱり聞くべきだと葉月をじっと見た。
「葉月……泉さんは? 泉さんはどうしてる?」
「……か、母さん? は……」
なんで? 黙るんだ? まさか……。
「葉月? 泉さんはどこにいるんだ? 頼む! 教えてくれ!」
「…………」
最悪な予想が頭をよぎる。
「葉月!」
俺は苛立ち、葉月を怒鳴ってしまった。そんな俺を葉月は言い返すこともなく、泣きそうな顔で見つめてくる。
「……となり」
「え?」
「隣りの……病室に……」
それを聞いてすぐに駆けだした。病室のドアを乱暴に開け、廊下に飛び出す。廊下に出ると右は病室がない、左に一室あった。
まさか違う、と願いながら、俺はそのドアを開けた。
「……本当にどうなるかと……あら? 昊くん!」
そこには窓際のベッドに、拍子抜けするぐらいの笑顔で座っている泉さんがいた。
「い……泉さん?」
「ふふ、昊くんも目が覚めたのね! 良かったわぁ。さぁ、こっちに来てくれる? わたしはまだ、動けなくて……」
俺はゆっくり、そのベッドに近づく。周りにいた樹さんたちが何か声をかけてきていたが、全く耳に入ってこなかった。
良かった。泉さん……生きてる。
「良かったわ。昊くんが無事で、もうすっかり良いみたいね?」
うれしくて、目がじんじんする。目に涙が溜まっていくのがわかる。それを他の人に悟られないように、必死にこらえた。
すると、後から葉月が入ってきた。
「昊! いくら完治してるからって、ここは病院……昊?」
俺はできるだけ皆に顔を見られないように、そっぽを向いた。もう涙が零れ落ちるすれすれまで来ていた。
「良かったです。泉さんが無事で……俺は明日、退院……します」
「そう……良かったわぁ。じゃあ、今夜は、わたしと二人きりになれそうね。ふふ」
「全く! よくそんな冗談言えるわね! 一時危なかったっていうのに……」
みんなが笑っている。誰一人欠けることなくここにいる。だけど、俺はここにいていいのか? この家族を壊すところだったんじゃないのか? だとしたら……。
「昊くん? どうかした?」
「いえ……元気な顔を見たら安心しました。そろそろ、看護師さんが来る時間なので失礼します」
俺は、その場にいた全員と、何とか目を合わせないようにして、自分の病室に戻った。
病室に戻り、二、三歩入ったところで、しゃがみ込んだ。泉さんが無事だった事の安堵感、それと悔しさと自分に対しての不甲斐なさが込み上げてきて、全身震えていた。
今回はアイツの気まぐれさに助かった。でも次、来た時は……。
すると、病室のドアがノックされ、葉月が入ってきた。
思わず、顔を見られたくなくて、足にうずめて隠した。
「昊? どうかした? もしかして気分悪い? 看護師さん呼ぶ?」
何か喋れば涙が出そうで、そのまま顔を横に振った。
葉月は、「ふぅ」とため息をすると、俺の横で屈んで顔を覗き込んできた。
「! なんだよ!」
「泣いていたのかなって……ほんとは一人にしてあげたいんだけど、無理してそうだったから……何か不安だったし」
「? 不安って?」
「昊……どっか行っちゃうんじゃないかって」
それは一瞬考えた。俺がここにいればまた巻き込むことになる。今度は怪我人じゃ済まない。それなら、と。でもここにいたい気持ちもある。泉さんに俺のことも「家族」だと言われた。この家族に触れて、温かさを知ってしまった。
「どこにも行かない……よね? 私にやれることがあれば手伝うし」
葉月、そんなこと、言ってくれるんだ。
俺はその言葉に、少し甘えさせてもらおうと思った。
「じゃあさ、ちょっとだけ……」
「え? 何?」
「肩……貸して」
「え? ええ?」
俺は葉月の有無を言わさず、肩に額を押し当てる。
「え? ちょ……昊?」
お互いの顔が見えないことをいいことに、俺は声を凝らして、少しだけ涙を流した。すると、葉月は察してくれたのか、背中をやさしくさすってくれた。