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意識がはっきりした時、すぐ目の前に葉月の横顔があった。俺はバアルの首を左手で掴み絞めようとしていた。それを葉月ともう一人、知らない女が制止しようとしている。
何が……どうなっている?
その場は絡み合っていた。
葉月は女に木刀を突きつけ、攻撃に備えているようだ。俺の右手はバアルを狙っていたらしく、葉月が腕を掴み止めていた。女は、バアルの首を絞めている俺の左腕を折ろうと掴んでいる。
「そこのあなた! もう昊の手を放して!」
「危なかったですね。このままバアル様を倒せば、ここは跡形もなく吹っ飛ぶところでしたよ」
バアルはこの状況が楽しいのか、ただひたすら笑っている。
「それも面白かったのに……なぁ? ソール」
「はぁ……はぁ……バ、アル」
自分自身、何が起こったのか把握できなかった。気付けば、息が上がりバアルの首に手をかけているこの状況……。
魔眼球に溜めておいた魔力も使い果たして……体もガタガタだ。
バアルの首から手を外すと力が抜け、腕がだらりと垂れた。
俺は段々立っていられなくなり、その場にへたり込むと、葉月がとっさに支えてくれた。
「昊? しっかり!」
「あーあ、あともう少しで、ソールが完全にこちら側になるところだったのになぁ」
「昊はもうこれ以上、魔物化になんかならないし、させないわ!」
葉月? 何でそんなに焦っているんだ?
意識が飛ぶ前、明らかに体が軽くなったのを覚えている。それと樹さんの驚いた表情。
まさか……。
息を整えながら、自分の姿を確認すると、致命傷はないものの至る所が傷だらけ、人間の姿を維持しているが、右半身はドラゴンの体に近い状態だった。
「はっ……っ……こ、これは」
いったい、何が? どうしてこんなことに?
今は息をするのがやっとで、葉月に支えられなければ、座っているのも難しい。そんな俺をバアルは首を傾げながら覗き込んだ。
「うーん。よし! ソール、お前は生かすこと決定! 次来る時までに、その力ちゃんと使えるようにしとけよ」
「……っ」
俺はバアルを殴りたかったが、体に力が全く入らない。
バアルを睨みつけていると、止めに入っていた女が跪き頭を下げた。
「ソール様、こうしてお会いするのは、初めてですね。ティナと申します。今日はバアル様とご挨拶に来ただけです。またお会いしましょう」
女はバアルと共に去っていった。
これが俺の全力か……何て様だ。あれがアイツの挨拶? 全く歯が立たないじゃないか。
バアルが去り、一気に力が抜けた。
すると、横で支えていた葉月が、俺を抱きしめる。
「昊……昊……昊は大丈夫……大丈夫」
葉月は今にも泣きそうな顔をしている。俺は大丈夫だと言いたいが、なかなか息が整わない。それより、泉さんはどうしたのか気になった。これだけはちゃんと聞かなければと、できるだけゆっくり息をする。
「……っ。は……づき、っ……はぁ、はぁ。いずみさん……は」
「! か……母さんは」
「だ……い丈夫?」
「今は……自分の事だけ考えて……ね?」
なぜ教えてくれない? もし泉さんに何かがあったなら、俺のせいなのに……。
「はぁ、はぁ……っ。教え……て」
葉月は泣くのをこらえながら、笑顔でいた。
「風の精霊よ。この者を眠りへと誘え。〈熟睡〉」
「!? はづ……き」
俺は葉月の魔法で、眠らされた。