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遥か遠い記憶。
「次はあの村を襲う」
バアルは小高い丘から、森に囲まれた小さな村を指さす。
「あんなちっぽけな村を襲ってどうするんだ? バアル……もっと大きな街にしないか?」
ドラゴンの姿の俺は、ため息を吐きながら問う。
「はは! あの村に『賢者様』が隠れている。そいつの顔を拝もうと思ってな」
「賢者って……まさか」
「そうだよ。お前もよく知っているアイツだ! 噂通り、本当に死なないのか確かめてやる!」
そう意気込みながら、その丘から村まで大きくジャンプした。
「先に行っているからな! お前の楽しみはとっておいてやるよ!」
「はぁ……賢者か……まぁ、いつかは戦う相手だが……これは、長くなりそうだ」
これをきっかけに、人間と魔物の戦いは長期に亘る。
異界はこの人間界とは別の空間に存在する。瘴気で草すら生えていない。魔物であふれ、常に殺し合い、強い魔力か生き延びる知恵を持っていなければ、大抵は死んでいた。
異界は魔物でも住みづらい土地だった。
多くの魔物は力を求めた。何時しか、唯一の道である門を通って、人間界へ入り込むようになった。
人間を食えば腹が満たされ、強い魔力を手にすることができたからだ。
あの頃、魔物たちは血と力に飢えていた。
前世の俺もその中に入る。
この時、多くの魔物は人間たちを制圧し、支配しようとしていた。
その魔物を束ねていたのが、バアルだった。
バアルは異界で『魔王』と呼ばれることもあって、魔力は桁外れ。辺り一帯吹き飛ばす自然災害に似た力を使った。
自由奔放な性格で、自分が楽しいと思うことは何でもやっていた。
人間界に来たのは、「面白そうだから」という理由な気がする。
俺は誰かを伴って行動することが苦手で、いつも単独でいることが多かった。
しかし、バアルは違った。力が強い、弱い関係なく連れて行った。
アイツの基準はよくわからない。
俺は何故か気に入られ、行くところにバアルが現れた。
バアルと行動を共にするようになったのは、確か弟の『コウ』と喧嘩別れした後だった。しばらく単独で行動していた俺に、バアルが話しかけてきたことがきっかけだった。最初は面倒くさいのが現れたと思ってあしらっていたが、意外と面白い奴だったので一緒にいることが多くなった。
それからバアルは、賢者に勝てば人間界を手中にできると考え、多くの魔物を集めた。
日に日に戦いは激化していく。
次第にバアルから離れていく魔物も現れ始めた。力は圧倒的に魔物が上回っていたが、戦略では人間たちのほうが上だった。更に『コウ』が人間たちの味方をしているのも大きかった。
そして、魔物たちは、賢者と呼ばれる人間が率いる軍に敗北。
それと同時に、一つの発達した文明が大陸と共に海の藻屑となって消えた。この戦いの記録は残っていない。
その後、多くの魔物は討伐されるか、異界に逃げたと聞く。そんな中、人間界に紛れ込み何とか生き延びている魔物もいる。現在、見かけるのがそいつらだ。
俺はこの戦いに参戦したが、『コウ』との戦いで負傷し東へと逃れていた。バアルが敗北した時には、すでにこの地まで逃れていたが、賢者に見つかり封印された。
前世では弱肉強食。
封印されるとき、戦いを強いられるこの生活に嫌気がさしていた。
あの夜、中川から『バアル』のことを聞いてから、心が落ち着かない。バアルは味方のときは心強いが敵に回すと厄介な相手だ。
今のアイツからすれば俺はどっちなんだ?
もし敵だと見做されたなら、今の自分では太刀打ちできないだろう。
それと同時にここ一帯が、人の住めない場所になるかもしれない。
俺はこの場所を離れるべきなのか?
狙いが俺ならば、ここにいたら皆を巻き込んでしまう。
そう思うと、気が気ではなかった。